メディアグランプリ

新規案件担当者は困惑していた


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記事:庄子健一(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「じゃあ、君がこの新規案件の担当ね」
 
とある化学品メーカーに営業職として転職をし、ようやく新しい会社や仕事に慣れ始めたくらいだっただろうか。
とある会議でそれは唐突に決まった。
 
いや、ある程度の予測はしていた。その分野の担当者は他にもいるが、新しい案件に手が回るほどの余裕があるのはまだ入社一年目でまだそんなに仕事を受け持っていないぼくだけだ。
この新規案件は成功すれば規模がそれなりになる。その案件のクライアントはこれまで取引がないが、まとまれば広がっていく可能性が高い。そんな超重大案件にぼくのようなぺーぺーを担当に充てていいのか。
なんだったら、他の担当の仕事をひっぺがしてぼくに押し付ける、という選択肢もあっただろう。けれど、A先輩は担当クライアントとどでかいトラブル真っ最中案件に対応中であり、ここで担当を変えるわけにはいかない。B先輩は新事業所立ち上げに忙しく、これもぼくにできることではない。
じゃあほかには……いない。ぼくが所属している事業所の人員は少人数でみんないっぱいいっぱいだ。
その分野の担当で、なおかつ余裕がある人間。その必要条件を満たす人物としてぼくが充てられた。これはぼくが有能だからじゃない。他に人がいなかったからだ。
 
そんなわけで、めでたく? 将来有望な新規クライアントの新規案件の新担当者となった新入社員のぼくはひたすら困惑していた。不安だ、不安すぎる。「新」づくし過ぎる。
 
とはいえ、重大案件を新入社員に丸投げするほど会社はあほではない(そりゃそーだ)。
その会社は基本的にチームで仕事をする。
企画提案を作り、全体の方向性をディレクションする人(ぼくの上司)、技術アドバイザー(ほかの部署の人)、そしてクライアントの窓口となるぼく。
「担当」とは言っても、その案件の責任者、というわけではない。責任者はぼくの上司で、あくまでその業務を請け負っているのが担当者(ぼく)というわけだ。
 
ちなみに案件の流れとしては、
 
企画提案書を作る→クライアントと打ち合わせ→トライアル→結果協議→採用
という感じだ。もちろん、この行程が一回で終わるわけではなく、打ち合わせやトライアルが数多く重なる。
 
この中でぼくの仕事は「雑用」である。
クライアントとのアポイント調整。打ち合わせのときに議事録をとってクライアントと共有。トライアルが始まったらその結果にもとづいてレポートを作成し、月に一回クライアントに赴いて簡単な報告と協議。協議内容を持ち帰って今後の方針に反映させる。
これなら新入社員でもこなせるものだ。
もちろん、営業という仕事はとても気を遣う。全体のディレクションを取っているのは上司だけど、窓口はぼくだ。雑用のようなことでも悪い印象を持たれてはクライアントとの関係性に影響する。誠意を持って仕事をこなすことは心掛けた。
 
幸いその案件はうまくまとまり、新しいクライアントと新しい取引が始まった。そのクライアントからさらなる案件も請け負うこととなった。
それから半年くらい経ってから、とあることを上司から突然言われた。
 
「お前が今年度の優秀社員賞に選ばれた。今度本社で表彰式があるから行って来い」
「は?」
 
どうやら、新クライアントと新規取引案件を獲得したことが社内評価されたらしい。
でもそれを聞いてぼくはひたすら困惑した。
企画の内容を作ったのは上司だし、専門的な技術に関しては他部署のアドバイザーがやってくれた。ぼくがやったのは雑用だけだ。
形上、営業数字が計上されたのは担当者であるぼくなのだけれど、事実上ぼくの実績ではないのだ。それなのにぼくが表彰されるのはなんだか腑に落ちなかった。
 
ぼくはたまたま営業担当者として会社のシステムに登録されていただけだ。業務にはかかわっていたけれど、雑用以外はやっていない。他の人がやっていたとしても結果は特に変わらなかったはずだ。
「すごいじゃないか」と同僚に言われるたびに、「いや、ぼくがやったんじゃないのだけれど……」となんだか引け目にすら感じるくらいだった。
 
そんなぼくが表彰されるということがあまりに申し訳なくて、上司にぼくが感じていること話してみた。そうすると、
 
「そうかもしれないけれど、実際に案件を担当者として受け持っていたのはお前だし、結果として今回の新規案件獲得につながった。お前が担当者として実績を作ったのは事実だ。会社はそこを評価したんだ」と言われた。
 
うーん、納得できるようなできないような。
まあ、でもそういうものなのだろう、と「評価」はありがたく受け入れることにした。
 
表彰式当日、ぼくは新幹線に乗って本社に向かった。表彰式に行くのだから、奮発して人生初のグリーン車に乗った(もちろん、その分の経費は自腹だけど)。
ぼくは夢を見ているような、なんだかよくわからないものを抱えつつ、車窓から流れる景色を見ていた。
ぼくはそれまで、世の中の誰かが表彰されたり実績をあげたりするのは、その人自身がすごい実力や才能を持っていて、それが形になったからだ、と思っていた。そういう人がすごい仕事をして、高い給料をもらっているのだ、と。
けれど、どうやらそうでもないらしい。たまたま担当者という立場だったから、周りのすごい人がやってくれて結果だけ自分のところに降ってきた、ということもこの世界にはあるみたいだ。
 
そういえば、新卒で入った会社の初めてとなる上司からこんなことを言われた。
 
「学生だったら、テストは80点取れば十分かもしれない。けれど、社会人は常に100点でなくてはいけない。ただ、どんな手段を使ってもいい。カンニングしても、誰かに手伝ってもらっても」
 
その時のぼくの点数は20点くらいのものだったろう。けれど、残りの80点は上司や他の部署の人が補ってくれたのだ。
それを言ってくれた上司がいた会社を辞めてしまった後だったけれど、「社会人が100点を取る」ということの意味がなんとなく分かった気がした。
そしてそのことは、大した実力もないと思っていた自分に少しばかりの自信をくれた。
 
 
 
 
***
 
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2021-09-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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