メディアグランプリ

「赤毛のアン」と「アイドル」が、私に与えてくれたこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:今村真緒(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
「ぎゃぁぁー!」
辺りをつんざく悲鳴を発したのは私だった。さっきまでの幸せは、とうに消え失せていた。世の中の不幸が、一斉に私に降り注いでいるような気がした。私を押し倒しているものの生臭さと泥だらけになってしまった服がより一層、空ろな哀しみを引き立てているようだった。
 
私を羽交い絞めにしているものの正体は、図体のでかい野良犬だった。いきなり押し倒され恐怖におののく私の顔を、犬は生臭い息で舐めまわした。いくら舐めたところで空腹を満たせるはずもないだろうと、どこか冷静に思っている自分がいた。犬を振り払うことすらできず、なすがままになっている私の目から涙が溢れた。ものすごく惨めだった。
 
つい先程まで、私の世界は輝きに満ちていた。小学校5年生の春のことだった。バス通学だった私は、仲良しの葵(仮名)と共に下校途中だった。バス停までの道すがら、葵に誘われて田んぼに咲き乱れるシロツメクサで花冠を作ろうということになった。またもや葵は素敵なことを言うと思った。
 
その頃「赤毛のアン」に染まっていた私は夢見がちな女子だったし、葵のことを密かに「赤毛のアン」のようだと思っていたのだった。葵とは、アンとダイアナのようになりたかったし、葵にも「親友」だというお墨付きをもらったばかりだった。それは、わたしにとっての精神安定剤だった。「親友」というラベルは、自信のない自分を消すことができる免罪符のような気がしていたからだ。
 
それなのに、葵は私を捨てて一目散に逃げたのだ。私が撃沈している田んぼのわずか10メートル先の道路上で、なぜか葵は大爆笑しているのだ。
「ぎゃはははー!」
彼女は、笑い過ぎて涙まで出そうな勢いだった。漫画のキャラクターが、体を二つ折りにしてお腹を抱えて笑っている姿を想像してほしい。さっきまで、同じ場所でシロツメクサの花冠を作っていた彼女が、親友である私を裏切ったばかりか安全な場所で高笑いをしているではないか。この時ほど、彼女のその姿を憎いと思ったことはなかった。
 
なす術のなかった私に、ムラムラと闘志が湧いてきた。犬に踏み荒らされたランドセルをブンブン振り回し、訳の分からぬ罵声を叫びながら犬に向かって突進していった。噛みつかれるかもしれないという警戒心は、そのとき頭から抜け落ちていた。この理不尽な出来事と、葵に対する失望感に私は突き動かされていた。それまで大人しかった私の、人格が変わったかのような勢いに、犬も恐れをなして逃げ出していった。
 
哀しくて、腹が立って、恥ずかしかった。色んな感情がぐちゃぐちゃになって、私に襲いかかってきた。どうして葵は助けてくれなかったのだろう。親友だったら、犬を追い払おうとしてくれても良かったはずなのに。しかも、あんなに笑うなんてひどい!
 
ノロノロと道路まで戻った私に、いまだに笑い泣きが止まらない葵が近づいてきた。
「だって、ヒーッ、まるでコントみたいでおかしかったんだもん。アハハハ。汚れちゃったね、大丈夫?」
天真爛漫に問う葵を、私は一瞥した。大丈夫なわけ、ないじゃん。親友である私を見捨てたくせに。思わず恨みのこもった目で葵を見つめた。けれど、葵は私のスカートの汚れを払い、何事もなかったかのような顔で、「じゃ、帰ろうか」と言った。
 
バスの中で、私は、乗客から憐れみを込めた目つきで眺められることになった。「あの子、どうしたの?」そんなひそひそ声が聞こえてきた。葵は、その声が聞こえているのかいないのか、堂々と私のすぐ隣に立っていた。そのことが、私をなぜか安心させた。不思議と葵を恨む気持ちが消えていった。
 
いつも、こうだ。何か不穏なことがあったとしても、私は葵を嫌いになることなどない。他人と喧嘩すれば溝ができるが、親子だと時間が経てば普通に話せることがあると思う。そういった感じで、葵と何かがあったとしても、私は彼女を受け入れてしまうのだ。そう思ってしまう理由は、葵の存在が私にとって必要不可欠なものとなっていたからだ。
 
葵は、小学校入学を機に我が家の近くに引っ越してきた。近所には、私と同じ幼稚園に通っていたユリ(仮名)がいた。近所で同じ幼稚園に通っている女子は、唯一ユリだけだった。ユリは、色白で可愛らしい「ザ・アイドル」のような女の子だった。
 
幼稚園でも戦隊モノの遊びをするときは、決まってユリがヒロイン役だった。戦隊モノのヒーローたちには色による役割があって、赤や青はカッコイイ担当、黄色や緑は、ひょうきんであったりサブキャラであったりすることが多い。そして女子が狙うピンクは、戦隊モノのヒロインである。万年ピンクのユリに対して、私に振り分けられる役はいつも黄色か緑だった。幼稚園時代に、すでに私は社会の厳しさを味わった。「アイドル」であるユリを見ては、何かと劣等感に苛まれていたのだ。
 
そんな中引っ越してきた葵に、私は味わったことのない親しみを覚えた。高嶺の花のユリとは違う安らぎを感じたのだ。断っておくが、葵にはエキゾチックな美貌を持つ母親がいたことから、将来はきっとモデル系の美女になることが予想された。それでもなお、ユリによって、「かわいい」ということが女子のステイタスだという呪いに早くも囚われていた私にとって、葵の出現は私にとっての大きな救いとなった。
 
葵には、不思議な魅力があった。同じ年頃の友達と比べても、葵との遊びは一味も二味も違っていた。同じことをするにしても、葵の想像力は群を抜いており、その発想に驚かされることばかりだった。何というか、感性が人と違うのだ。ごっこ遊びにしても、葵ワールド全開で物語が進んでいく。私はその面白さに、どんどん引き込まれていった。葵は、ユリのように手の届かない存在ではなく、私の眠っていた感性を引き出し、共鳴してくれるような存在だった。彼女の前では、伸び伸びとありのままの自分をさらけ出せると感じた。彼女こそ、私が求めていた友達なのだと思った。
 
小学校に入学後、葵とユリと私は、微妙な三角関係となっていた。どちらかが同じクラスになればグッと近づき、違うクラスになれば距離のようなものができた。たまたまだろうが、ユリと私は同じクラスにならなかったので、私たち2人の間を、葵が行ったり来たりするような感じになっていた。まるで、「友情」という名の体験型アトラクションで、ジェットコースターのようなアップダウンの激しい乗り物に乗っているようなものだった。
 
女子の三角関係は難しい。きっと葵は、私たち2人を共に仲の良い友人として扱っていただけに過ぎない。葵が誰と仲良くしようと葵の勝手であって、本来私がどうこう言う筋合いはない。けれど独占欲に駆られた私は、葵とクラスが離れると焦った。葵がユリと仲良くしている現場を見ては、不貞を働いた夫を詰りたくなるような気持ちを必死にこらえていた。
 
中学校になると、他に仲の良い友人ができたこともあり、そこまで私は葵に依存することはなくなった。けれど、葵とユリが楽しそうに話している隙間に、相変わらず湿った感情を引きずっていた私は入ることができなかった。葵とユリが、私を仲間外れにしているわけでもない。そんな私の複雑な胸中を知っていたのかどうかは分からないが、葵は私の扱いが上手だった。さりげなく私の自尊心をくすぐるばかりか、やはりその大らかさで私を惹きつけて離さなかった。
 
念のために言っておくと、私はユリとの関係が悪かったわけではない。むしろ、ユリはスクールカーストの上位層であるにもかかわらず、幼馴染として、そう「じゃない」私を尊重してくれる義理堅い人だった。彼女は、幼稚園から高校まで同じだった唯一の友だった。高校に行っても、相変わらず「アイドル」であり続けた彼女との関係は良かったと思う。常に目立ち、流行にも敏感でおしゃれな彼女に、私が劣等感からガラスの壁を作っていただけだ。もちろん大人になってからは、私の一方的なわだかまりは消え、ユリを大切な幼馴染だと思っている。
 
葵とは、高校進学で道が分かれた。近所なのでたまに顔を合わせていたけれど、以前のようには頻繁に会わなくなった。大学卒業後、近況報告をする機会も減っていたある日、葵から招待状が届いた。私たち3人の中では、葵が結婚第1号だった。
 
ユリと私は、気合いを入れて結婚式に向かった。なにしろ会場は、このあたりでも有数の格式高いホテルだった。こんなところで式を挙げるなんてすごいね。そんなことを言いながら、友の晴れ姿に期待が膨らんだ。さすがに食事も豪勢だった。何でも新郎の家は、大きな精肉店とのことだった。今日の食事も、そちらのお肉を使っていますというアナウンスが流れた。葵の父親はたいそうなお肉好きで、私が生まれて初めてステーキを食べたのも葵の家だった。お肉好きの血からしても、おあつらえ向きの嫁ぎ先だ。さすが、葵だ。こういうところにちゃっかりやの葵が表れているようで、思わず笑みが漏れた。そんなことを思いながら堪能していると、スクリーンに写真が現れた。
 
それは、葵と新郎の幼い頃からの写真だった。微笑ましい写真に、みんなが笑顔になっていく。そしてある写真になったときに、スクリーンは動きを止めた。それを見たときに、ユリと私はお互いに顔を見合わせた。
 
それは小学校低学年の頃の、葵とユリと私の3人が写っている写真だった。まるでお揃いのようなジャンパースカートを着て、満面の笑顔で私たちは写真に収まっていた。多分、ユリと私の胸の中によぎった感情は同じものだったと思う。急にタイムスリップしたように、あの頃のほろ苦さを思い出した。ところがそれはほんの一瞬で、不思議なことに、楽しかった思い出ばかりが溢れて出してきた。思わず目頭が熱くなったところで、何故か私は司会者に名前を呼ばれていた。
 
写真を眺めるのに夢中になっていて、初めは自分の名前が呼ばれていることに気づいていなかった。ユリが、慌てて私の袖を引っ張った。振り向くと、式場の人がマイクをこちらに差し出していた。事前に何にも言われていなかった私は、キョトンとしていた。ところが司会者から、とんでもない一言が飛んだ。
「ここで新婦のご友人の○○様から、お祝いの言葉を頂戴したいと思います」
一斉に、みんなの視線がこちらに集中した。よせばいいのに、なぜかスポットライトまでが私を照らしていた。
 
葵が、またやってくれた。こういうサプライズを仕込むのも、葵の十八番だった。葵のしたり顔が、目に浮かぶようだった。でも私は、例によって受け入れてしまうし、葵もそれを分かってやっているのだ。でも、いきなり大事な友人代表スピーチを任せるなんて。冷や汗をかきながら、心を込めて何とかお祝いのスピーチをすると、ひな壇にいる葵の笑顔が見えた。
 
式の帰り際、招待客を見送る葵に文句を言った。
「でも私、真緒ちゃんだったら、いきなり振っても大丈夫だと思っていたから。あのくらい、私たちの間柄だったら全然語れるでしょう?」
葵は、私が犬に襲われたときと同じように、全く動じることなく笑っていた。無茶振りをした本人のくせに一切悪気を感じさせない葵は、どこまで私を見透かし、信じているのやら。これじゃ、私が些細なことで怒っているだけのような気がした。へなへなと肩の力が抜けた。
 
やっぱり、いつも人を煙に巻くように飄々としている葵にはかなわない。「赤毛のアン」はびっくりするようなことをしでかすけれど、葵もいつも私の想像の斜め上を行く。それでも、幼い頃から葵に救われたと思うことが多いせいか、やはり私はあっさりと聞き入れてしまうのだ。

 

 

 

葵はあの頃の私たちのことを、どう思っていたのだろう? そんなことお互いに言ったことがないけれど、いいおばさんになった私たちにとっては、今では懐かしい笑い話になるような気がする。この「赤毛のアン」と「アイドル」が、ネガティブにもポジティブにも、いろんな意味で私の子供時代を彩ってくれたことは間違いない。この2人と過ごした日々は、私の成長にとって大切な栄養となっていると思う。痛いくらいに不器用で臆病だった私と、それでも友達でいてくれた葵とユリの3人で、あの頃を語ってみるのも面白いかもしれない。
 
ちょっとした、ミニ同窓会だ。案外、お互いの知らなかった新事実が、時を経て明らかになるかもしれない。幼い頃からの友達というのは取り繕う必要がない分、あけすけに暴露話ができそうだ。きっと葵は、いつもの上目遣いでニヤリと笑って話すのだろうし、ユリは、大きな二重の目をクルクルと動かしながら話すのだろう。あの3人での写真を見ながら、あの時代を振り返ってみたい。しばらく会えていない彼女たちに、何だか無性に会いたくなった。
 
 
 
 
***
 
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2021-09-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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