クマちゃんの皮をかぶった彼は、沢山のことを教えてくれた。
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:光村 六希(ライティング・ゼミ超通信コース)
顔で好きになってつき合ったのは、後にも先にもその1回だけだった。
そもそも好みのタイプには、顔をそれほど重視していなかった。「どんな見た目がタイプ?」と訊かれたら、私は「野茂英雄とV6の井ノ原快彦」と答えていた。野茂の多少のことではびくともしない仏頂面と座った目が好きだった。イノッチの、目がなくなるくらいのニコニコ笑顔が大好きだった。顔に共通点はないが、どちらもイケメン枠とは一味違うことは確かだろう。
そんな私が、27歳の時、一度だけ顔で好きになって、つき合うところにまでこぎつけた人がいた。
彼は綺麗な顔をしていた。お肌がツルツルで、整ったきりっとした眉毛は意志の強さを感じさせた。でもどちらかというと可愛い系の顔立ちで、笑うと見ているこっちが癒される笑顔だった。初対面の時に来ていた茶色いセーターが、小柄な彼のイメージをクマさんにした。好物のハチミツの壺を目の前にして、幸せそうに微笑むクマさんだ。
「そのクマさんのような癒しの笑顔を側で見たい! 私のものにしたい!」と思った。
幸い、彼とは共通の友達が複数いたので、友達が仲を取り持ってくれた。彼は私からのプッシュに快く応じてくれた。ここまでプッシュしたことはなかったから気恥ずかしかった。でも、嬉しかった。
それまでにつき合った人とは、それまでの関係性や流れの中で、なんとなく好きになってつき合うに至った感じだった。
その時、私は好きという感情を明確に持ち、初めてその気持ちを成就させた。
彼とつき合えて、天にも昇る心地だったことを覚えている。
そのままでいられたら、どれだけ幸せだったことか。
でも現実はそんなことにはならない。
つき合ってみると、彼は見た目の癒しのクマさんとは全く違う面を見せてきた。
実は不機嫌でいる時間が長かった。友達とみんなでいる時、彼は決して口数は多くなかったが、ニコニコと会話する皆を見回し、時々気の利いた一言で皆を笑わせていた。
そんな、さり気なく皆を笑いに誘う彼は、実は普段はけっこう不機嫌な奴だった。そしてその不機嫌の理由をなかなか話さなかった。
私の父親はかなり感情的な人だったが、ずっと一緒にいることもあって、機嫌が悪いことに慣れていたし、何に機嫌が悪くなるのかも大体わかっていた。
でも、つき合った相手が自分といる時に不機嫌だと、「私、何かした?」と自己肯定感低めの私は思ってしまった。それは疲れる経験だった。
そして彼は細かかった。昭和50年生まれの男性としては美意識が高かった。ちゃんとヘアバンドで前髪を挙げて洗顔フォームをネットで泡立てて綺麗に顔を洗った。その後は丁寧に化粧水をつけ、鏡で顔を一通りチェックする。気になったところの眉毛をハサミで念入りに整える。彼の輝くようなきれいなお肌と、スッとした眉毛はこのようなたゆまぬ努力で生み出されていた。
そして私は彼に言われた。「あ、ヒゲがある。綺麗に処理しないとダメだよ」と。一瞬何のことを言われたかわからなかった。確かに鼻の下のうぶ毛でやや目立つものが2、3本あるというのだ。なんということだ。彼氏にムダ毛処理の怠慢さを指摘されてしまった。しかもこれまで意識したことのないムダ毛を、彼氏に。ニコニコ笑いながら、お腹にアッパーカットを喰らわされた気分だった。私の女子力のなさをえぐられた気がした。
しばらく間近で顔を見せることができなかった。恥ずかしいし、何か別の指摘をされるかもしれない、と思ったからだ。
さらに彼は忙しい人だった。その頃仕事がピークだったようで、一緒に過ごせるのは夜だけ。休日も出勤することが多く、数時間しか時間がないので、楽しいところにデートに出かけることはできなかった。いつもお家デート。せっかくの可愛い見た目の彼と一緒に外を歩きたいのに、それが叶わない。そして家にいても、彼は仕事の準備などして構ってくれないことも多かった。
そうやってつき合う中で、だんだん「彼はクマちゃんなんかじゃない」ということを実感していった。彼と一緒にいても、私の望む恋人らしいことをほとんどできなかった。
そうだ、人は見た目ではないのだ。見た目と内面は違うのだ。そんな当たり前のことにあの時は気づかず、ずっと彼が癒しのクマちゃんであることを期待していた。そのうち、彼はいろいろ職場でしんどい思いをしていることがわかってきた。私に頼ったり甘えたりしたいようだった。その時、私は甘えさせるだけでなく、慣れてきて「なんでそんなに機嫌悪いのよ! 感じ悪いじゃない!」と彼に説教したりした。彼からしてみたら迷惑な話だっただろう。
彼からしてみたら、普段通りに見た目を整えていたら、勝手に「つき合いたい」と言う女性が現れて、共通の友人がいるから断るのも面倒だし、ちょっといろいろ疲れていて人寂しさもあるから、つき合ってみようかな、という感じの軽い気持ちだったのだろう。「つき合いたい」という望みを叶えてあげた。忙しいから限られた時間で、自分に無理のない範囲で会う。出かけるのは疲れるから勘弁してほしい。それなのに勝手な妄想をして期待されても困る。
一目ぼれは怖い。見た目が好きだから」が、「その人を好きな理由」の大きな部分を占める。本当に人を好きになる時には、見た目以外にも内面的なモノが大きい。性格や趣味、価値観、経歴、これまでに歩んできた人生での共通点……。それらのものだって、相当好きな理由の中に占めるべきはずなのに、見た目が多くを占めてしまうと、それらの部分が小さくなってしまう。そしていざつき合うと、ずっと眺めているばかりではいられない。一緒に過ごす中で、やはり楽しいことが大いに越したことはない。でも実際につき合うと、顔を眺めるだけでは満足しない。やっぱり一緒に楽しく過ごしたい。私と一緒にして楽しそうにしてほしいし私も楽しくなりたい。
そこにあったのは、恋人ライフではなく、ある程度ニーズが一致した二人が一緒に過ごす、というだけだった。心がほっこりするようなことはなくて、私はいつも「なんで一緒に出掛けられないの」と言った感じで不平不満を言っていた。
それでも彼が転勤で大阪に行った時、数か月遠距離恋愛をした。片道5時間かけて会いに行った。彼にとっては都合がよかったのだと思う。
最後は感情が爆発して自分で踏ん切りをつけた。彼にもうこれ以上粘っても、もう私が嬉しく楽しいものは出てこない。もうここでこれ以上粘ってもムダだ、と。そして別れた。
別れた後に清々しかったのを覚えている。
見た目がよくてつき合って、思ったものが得られなくて、ずっと「欲しい物出ろ、出ろ」と思って働きかけた。でもないものは出ない。欲しいのであれば、それを持っている人を探さなければならなかったのだ。
あの恋愛があって以来、私は野茂系の顔の人しか好きにならなくなった。そしてそんな顔でも、一緒にして楽しくいられることを重視するようになった。
クマちゃんの皮をかぶった彼は、沢山のことを教えてくれた。
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