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「水色の包紙」


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:青木文子(ライディング・ライブ名古屋会場)
 
 
「またおまえか!」
 
小学校2年生のころの話だ。いつも先生に叱られていた。
静岡の海沿いの小さな町。3階建ての校舎は渡り廊下から見ると、林の向こうに海が見え隠れしていた。ひとつだけある小学校は1学年2クラスだけ。町にひとつしかない幼稚園からの顔見知りばかりのクラスメートだった。
 
私は今で言うところの多動な生徒だった。つい授業中おしゃべりをしてしまう。何度言われても忘れ物がなくならない。先生は母との保護者懇談で「お宅の娘さんは明るいのだけ、が取り柄です」と断言するほどいいところがない生徒だった。今思うと先生も扱いに困っていたのだろう。男勝りの女の先生。よくクラスのわんぱくな男の子たちを追い回していた。
 
「あんまりうるさいなら廊下に立ってなさい」
 
授業中、ついついおしゃべりしてしまう私はよく廊下に立たされていた。それがあまりに頻繁であるので、とうとう特別席をつくられてしまった。先生の教壇の横に、クラスのみんなの方を向いてひとりだけそこに座らなければならなかった。先生の監視下におくためだろう。それでも先生が黒板を向いているすきに小さくちぎった消しゴムを正面の子に投げて戦争をしたり、特別席で寝たりするものだから、先生もお手上げといった生徒だった。
 
「放課後に職員室にきなさい」という言葉も、耳にタコができるぐらいよく言われた。しかたなしに職員室に行くけれど、結局はまた授業のことで怒られるのだった。小学校2年生にして職員室の常連で、担任の先生の隣の席になる先生から「おぉ、また来とるか、怒られとるか」とよく声をかけられていた。
 
町でできる買い物は農協の小さなスーパーと、いつ潰れてもおかしくない小さな雑貨店と、吹けば飛ぶような小さな書店が1軒ずつだけだった。顔見知りばかりの町。そんな町ではすこしなにかをやればすぐに親の耳に入るようになっていた。
 
とにかくいつも叱られていて、いいところなしの私が唯一褒められたことがあった。国語の授業だ。国語で詩を書いてくるという宿題が出た。不思議と詩ならいくらでも書けた。詩の宿題で珍しく先生は私を褒めた。褒めただけではなく、授業参観でその詩をみんなの前で3つ朗読するように言った。どういう風の吹き回しだろう。
 
小学校2年生も終わりになるころ、父の転勤で、名古屋に転校することになった。転校してどんな学校に行くことになるかわからない心細さはあるけれど、クラスでお荷物扱いされて毎日おこられるよりはずっといいと思った。だから転校の話を聞いたときはどこか気持ちがせいせいとした。
 
2年生の最後。終業式の日。終業式が終わって、帰り支度をしていると、後ろから声がした。振り返ると先生だった。
 
「あとで職員室にきなさい」
 
今日はとくに叱られるようなことは何もしていない。なんだろう。職員室に呼ばれるのももうこれで最後だ。お道具箱やなにやかにやを、両手いっぱいにもったまま職員室に行った。職員室の扉をノックして開けると、終業式後の先生たちの間には、どことなしかのんびりとした空気が漂っていた。
 
「先生、来ました」
 
声をかけると、ああ、といいながら先生が振り向いた。今日はどうも叱られるわけではなさそうだ。
 
「そうそう、あなたにこれを、と思って」
 
渡されたのは小綺麗な水色の薄紙でラッピングしてある包みだった。手にしてみると中身は柔らかいそうなものだ。布? なんだろう?
 
「向こうの小学校に行っても頑張ってね」
 
私は曖昧に返事をした。たぶんありがとう、とは言ったのだろう。でもそのときには素直になれない気持ちがあった。いつも怒られてばかりで、最後だけ優しくするってなんだろう。
 
家に帰って、もらった包みを開けてみた。水色の薄紙は2重になっていた。破くのがなにかもったいなくて、シールをゆっくりと剥がして包みを開いた。水色の紙は蕾が開くようにふわりと広がった。中には手縫いの雑巾と、小さい無地のノートと手紙が入っていた。
 
手紙は短い直筆の手紙だった。
 
あなたにはとてもいいところがたくさんあるということ。
それでもお喋りすぎてつい叱ってしまっていたということ。
叱っても叱って、翌朝にはニコニコして学校に来ていたことをすごいと思っていたということ。
あなたの自由さが先生にとっては憧れだったということ
あなたは磨けば光る子だから、手縫いの雑巾をプレゼントにしたいと思ったということ。
あなたが国語授業で書いていた詩を先生はとても好きだと思っていること。
詩がとても素敵だから、このノートにもっとたくさん書いてみてほしいということ。
 
もう手紙の内容はあまり覚えていない。それでも転校する生徒に送る手紙と言うよりは、なにか先生自身の告白のような手紙だったことだけははっきりと覚えている。そうか、先生も悩んでいたのだと思った。どうして私は最後だけでも素直に先生にありがとうと言わなかったのだろう。
 
罫線があるでもなく、ドットがあるわけでもなく、あの日、先生からもらったプレゼントに入っていたノートは無地のノートだった。先生にとって無地の
ノートとは自由の象徴だったのかもしれないと思った。おとなになっても無地のノートを手にするたびに、あの先生のことをふと思い出すのだった。
 
 
 
 
***
 
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