着たい服か、似合う服か、それが問題だ
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記事:光山ミツロウ(ライティング・ライブ福岡会場)
シェークスピアの悲劇『ハムレット』にある「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」というセリフ。主人公ハムレットが人生に思い悩むさまを表現した有名なセリフである。
実は私にも、ハムレットほどではないが思い悩んでいたことがあった。
それはいうなれば「着たい服か、似合う服か、それが問題だ」ということだ。
そう、最近になって気づいたことに、私は着たい服と似合う服が、まったく違った(らしい)のだ。
それは先日の、馴染みの立ち飲み屋で、隣に居合わせた女性と何とはなしに会話をしていた時のこと。
年の頃50代後半、気の強そうなキャリアウーマン風で、何となくオシャレな雰囲気漂うその女性と服装の話題になった。
彼女はアパレル業界に身を置いているらしく、昨今の業界の変わりようや、流行が生み出されるプロセス等、酔いに任せて色々な話しを聞かせてくれた。
アパレル業界に門外漢である私は、同じくアパレル業界のアの字も知らないという立ち飲み屋の店主と二人して、うんうん頷きながら彼女の話しに耳を傾けていた。
そんな時であった。
彼女は突然、私に向かってこう言った。
「光山さんはお顔が地味だから、紺とか黒より、もうちょっと明るい色を着たほうが、絶対お似合いだと思いますよ。大人は着たい服よりも似合う服、ですよ」
気が強く、モノをハッキリいうタイプの年上女性にそう言われて、私は一瞬イラっとした。
「自分が好きで着たいと思った服を着て何が悪いのかよ」と心の中で思った。
私のその雰囲気を察してか、少し我に返った彼女は、声のトーンを落として次の話題に移った。
しかし私は、イラっとはしたものの、彼女の言った「大人は着たい服よりも似合う服」という言葉が頭から離れなった。
そういうえば、同じことをどこかで聞いたような気がしたからだ。
それは、とあるビジネスセミナーでのことだった。
そのセミナーはマーケティングやブランディングといった、ビジネスの知識を学ぶセミナーだった。
そこで講師が言ったのは次の言葉だった。
「ビジネスでは着たい服を着るとほぼ失敗します。必ず似合う服を着るようにしてください」
その講師が言いたかったのはおそらくこうだ。
ビジネスには顧客という相手が存在するから、相手のことを考えないで自社優先の商品やビジネスモデル(自社の着たい服)で勝負すると上手くいかない。だからこそ、必ず顧客の存在から出発した商品やビジネスモデル(自社に似合う服)で勝負をしましょう、と。
確かにそうだし、ちょっと考えてみれば当たり前のことのように思う。
例えば文章でも、秘密の日記でもない限り、ビジネス文書にしろ小説や詩にしろ、書き手がいれば読み手がいる。映画や音楽だってそうだ。
価値を見出すポイントは人それぞれだが、作品の受け取り手を無視した作品は単なるマスターベーションに過ぎない。
しかし、一方で一度きりの人生、自分の好きなように生きるべきだ、という考え方があるのも確かだ。
例えば10代や20代の頃は、着たい服を着ることが当たり前だったような気もする。
その頃に自分に影響を与えたものたち、例えば映画や本や音楽は、皆一様に着たい服を着てきた人達がこの世に生み出した作品だったし、それに影響を受けた自分も着たい服を着ていた、もしくは必死に着ようとしていたように思う。
しかし、もしかするとそれも私の錯覚で、大きな視点で捉えると「着たい服を着たいように着てることが好きな人たち」に向けて作られた作品、つまりそういう人達に似合うと思ってもらうための作品(似合う服)だったのではないか、とも思う。
そうすると、世の中には着たい服か似合う服か、という選択肢ではなく、似合う服しか存在しないのではないか、と思ったのだった。
ここまで考えて我に返った私は、隣で話しを続ける女性に聞いてみた。
「ちなみに、いま着てらっしゃるのは、自分が着たい服ですか? それとも似合う服ですか?」
ちょっと意地悪な質問だったかもしれない。
しかし彼女は、お酒がさらに進んだのか、笑顔でこう答えてくれた。
「私は自分に似合うと思う服が、自分の着たい服です」と。
なるほど、と思った。
大人だな、とも思った。
自分に似合う服を、着たい服とする。
この感覚は自分にはなかった。
と、同時に何かのヒントをもらったような気がした。
つまり、自分に似合う服を着たい服にするためには、まず自分に何が似合うのかを自分が知らなければならない。
さらにそのためには、そもそもの自分というものを良く知らなければならない。
文章を書くにしても、仕事をするにしても、それは同じだと思う。
まずは自分を深く知ること、それが問題だ。
「着たい服か、似合う服か、それが問題だ」は私にとって「自分を知っているか、自分を知らないか、それが問題だ」であった。
***
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