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嘘つきました、ごめんなさい


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:光山ミツロウ(ライティング・ライブ福岡会場)
 
 
人には誰しも、つきたくなくても、つかざるを得ない嘘がある、というのは本当で、例えば恋人を傷つかせないためにつく優しい嘘、子供に大人の事情をまだ知って欲しくない時につく愛のある嘘、顧客に余計な手間を取らせないためにつく効率の嘘等々、好むと好まざるとに関わらず、我々の身の回りに嘘は溢れているように思う。
 
「嘘つきました、ごめんなさい……」
 
満面の笑みで目の前の相手を祝福しつつも、私の頭の中は、私が彼につき続けている嘘のことで満タンになっていた。
 
先日の、知人たちとの飲み会でのことである。
 
私はその日、知人たち数名と、コロナの影響で一時休止していた集まりを再開し、約2年ぶりに皆で酒を酌み交わしていた。
 
皆ビジネスで知り合った仲で、そう頻繁に会う関係性ではないものの、コロナ前は情報交換の名目で数ヶ月に1度の割合で集まっていた。
 
久しぶりの酒席で互いに勝手を忘れたからだろうか、あるいはコロナの影響もあってビジネスの良い話題がちっとも出てこなかったからであろうか、皆一様に表情が暗くぎこちない雰囲気で、場がなかなか温まらなかった。
 
真冬の灰色の空の下、見るからに重厚な黒塗りの蒸気機関車が、その重たい身体をゆっくりと前に進めようとしているが、思うように進まない……そんなスタートだった。
 
重々しい空気をぶち破ったのは、会がスタートして30分ほど経った時、最年少のS氏が放った次のひと言だった。
 
「自分、最近、結婚したんすよ!」
 
ゆっくりと動き出したはいいものの、このまま失速して止まるのではないかと思われた機関車に、突如として投下された「結婚したんすよ」という燃料。
 
機関車が息を吹き返した瞬間だった。
 
そこから機関車は、祝福の言葉と、既婚者メンバーからの結婚に対する一家言という2つの強力な燃料を得て、さらにスピードを上げた。
 
おめでとう。
やったな。
これで君も一人前。
奥さん大事にしろよ。
結婚はいいものだぞ。
結婚とはつまり……云々かんぬん。
 
出席者のほぼ全員が既婚者であったことに酒という従来からの燃料も加わって、機関車のスピードはいや増しに増した。
 
しかし、私だけがその機関車に乗り遅れていた。
いまいち乗り切れないでいた。
 
それは私が嘘をついていたからだ。
 
もちろん祝福はした。
 
「Sさん、おめでとうございます! 結婚されたんですね。どんな気分ですか? 先越されちゃったなぁ。羨ましいなぁ。自分もいつか結婚してみたいです!」
 
嘘だった。
 
「ってことは、光山さん、まだ結婚してないの?」
 
隣で私の「いつか結婚してみたい」発言を耳にした最年長のN氏が、場の全員に聞こえる音量で私に向かって聞いた。
 
「はい、そうなんですよ」と私。
 
もちろん嘘だった。
 
N氏の問いに対する答えは本当は「いいえ」だったし、S氏にも先を越されてはいなかった。
 
どういうことか。
 
実は私は、コロナが始まる直前、つまりこの会が一時休止になる直前のタイミングで、静かに結婚をしていたのだった。
 
無論、結婚したことはこの会の誰にも伝えていなかった。
 
正確には伝えるタイミングを逸していた……いや、結婚した旨を強いて伝える必然性が私の中にはなかった、と言えるかもしれない。
 
ビジネスとプライベートを切り分ける雰囲気があった会でもあったので、敢えて伝えてはいなかったのだ。
 
と、ここまで読んだ方はこう思うに違いない。
 
「ではなぜ嘘をつく。S氏の結婚報告で場の雰囲気は祝福ムード。これに乗じてただの一言、実は自分も結婚したんですよ、と言えば済む話じゃないか。そうすれば機関車のスピードはさらに上がって……云々」と。
 
私も読者側だったらそう思うに違いない。
 
「絶好の機会に自ら嘘をついておいて、いまいち乗り切れないとは、なんと面倒くさい人間か。阿呆なのか君(チミ)は」と。
 
が、そうは言えない事情が私にはあった。
 
というのも、私がS氏より先にしたのは、結婚だけではなかったからだ。
 
そう、私はこの数カ月前に離婚をしていたのだった。
 
「皆さん聞いてください! 実は自分も結婚したんです! ついでに離婚も!」
 
そうカミングアウトしても良かった。
 
が、S氏の幸せそうな赤ら顔と会全体に漂う祝福ムードを前に、こんなアブナイ燃料を投下した日には、混ぜるなキケン、機関車そのものが大爆発を起こしてしまうような気がしたのだ。
 
久しぶりに顔を合わせ、ようやっと盛り上がった場に、誰も得をしない自爆テロを仕掛ける酔狂さを私は持ち合わせていなかった。
 
今回に限っては、適切なスピードで機関車が前に進むことが何よりも重要なことのような気がしたのだ。
 
機関車はその後も、直近で結婚したS氏と四十路を過ぎて結婚歴がない(という設定の)私との対比を主な燃料とし、エンターテインメントたり得る適度な速度超過を繰り返しつつ、脱線、爆発等の大きな事故もなくその運行を無事に終えたのであった。
 
「Sさん、おめでとうございます! 結婚されたんですね。どんな気分ですか? 先越されちゃったなぁ。羨ましいなぁ。自分もいつか結婚してみたいです!」
 
私は確かに嘘をついた。
 
が、嘘も方便とはよく言ったもので、今となってはこれで良かったと思っている。
 
それは、機関車の爆発事故を未然に防げたことはもとより、私がこれまでの人生で嘘をついた回数と同じくらい、私に「私のためを思った嘘」をついてくれた人が沢山いたのであろう、ということに気づけたからだ。
 
人を騙したり欺いたりする嘘は論外だ。
 
しかし人には誰しも、つきたくなくても、つかざるを得ない嘘がある、というのはやはり本当で、優しい嘘に愛のある嘘、そして爆発事故を未然に防ぐための嘘等々、私もまたそんな嘘に生かされている人間の一人なのであった。
 
 
 
 
***
 
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