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屋久島5・18九死に一生を得る

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:樋口智香子(ライティング・ライブ名古屋会場)
 
 
「荷物はまとめてそのまま置いて、バスを降りてください」
座席の周りに広げた荷物を急いでリュックに詰め込んだ。
2019年5月19日。バスの中に25人。運命を共に一夜を明かした。昨日から激しい雨が降り続いている。
一晩中空調をきかせてくれて過ごしやすかった。びっしょり濡れた登山用の合羽を、狭いバスの中に譲り合って干していた。昨夜は手持ちのチョコレートや塩キャラメルを分け合って食べた。大勢の中にいてどこかバス旅行のような気分だった気がする。危険な局面だったのにそう取り乱していなかったのは、夜の暗闇の中でカーテンを閉めて、外の状況があまり分からなかったからだ。後に私がどれだけ能天気だったかが分かる。
 
ずっと行きたかった縄文杉トレッキングツアー。4年前に友人と計画していたけれど、台風接近のため直前に諦めてキャンセルした。今回の旅行は4年分の思いの詰まったリベンジだ。てんこ盛りの期待でいっぱいで、楽しい旅になるはずだった。
5月17日一昨日の朝、宿を出発する時から雨が降っていたけれど、ガイドさんは「屋久島でこのくらいの雨は普通です」と問題にしなかった。
屋久島自然館から荒川登山口までシャトルバスで行った。登山口から山泊予定の高塚小屋まで5~6時間の雨の中のトレッキングとなった。トロッコ道に沿って進み、三代杉からハート形に抜けた空洞のウィルソン株に着く頃には、降り続く雨に不安になった。引き返してくるツアーガイドの一行と何組かすれ違った。
「明日の朝には警報が出るらしいですよ」出会ったガイド仲間の言葉に、女3人の専属ガイドは動揺した。もちろん私たちも。「もののけ姫」の世界を楽しむ感覚ではなくなってきた。しかし驚いたことに彼は先を急ぐ判断をしたのだ。なぜ強行するのか。
「大丈夫」を繰り返すガイドさんとの会話が蘇る。
「何を根拠に大丈夫だって言うのですか? みんな下山しているじゃないですか。新聞に載るようなことにはなりたくない」しかしガイドなしでの下山も不安だった。
山小屋は人が少なかった。私たちが到着したその時刻なら、普通なら満員だそうだ。それでも山小屋に到着できたことでほっとした。温かい食事を用意してくれて、余裕のある空間に感謝していた。「僕の経験が大丈夫だという根拠です」さっきまでのガイドさんへの不信感と心配は忘れてしまっていた。外は大雨なのに。
 
一夜明けて5月18日の朝、予定通りに朝食を摂って予定通りの時間に出発した。小屋に泊まった他の人達は一足早く出発していた。
大変な雨の中を下山する。登山口のバス停までの道は険しかった。道案内人の足が止まった。行きは山際の道だったところが、今は見えなくなって滝に覆われている。すぐそばの谷側は、壊れたトロッコ道のレールが何とか斜面を支えている。それでも行くしかない。覚悟を決めた。今思うと気休めだが、メンバーの中で唯一登山初心者の私は手を取ってもらった。その後ろの二人は前の人のリュックを掴み、4人で電車ごっこのように縦列になって進む。滝の下になった細い道を、土砂崩れにならないことを祈りながら渡った。その難所を抜けて、なんとか登山口のバス停までたどり着いた。
しばらくして、道で出会った単独登山の女性が、「死ぬかと思った」と言いながら、水を滴らせながら這うようにして待合室に入って来られた。「あーよかった」と思わず声をかけた。あの難局を乗り越えてきた同志のような気持ちで、道中でお見かけした何人かの人の無事を知って安堵していた。
そのバスの待合は更衣室があり、びしょ濡れの雨具を着替えてみんなほっとした空気だった。あとはバスを待つばかり。しかしバスが来ない。何時間待っただろう。バスが来たと同時に怒濤のように流れる水が待合室に入ってきた。何人かの人が膝上まで水に浸かって激流の中に立ち、私たちをバトンしてバスに乗せてくれた。バスは出発してくれたが、このまま深みの中を運行できるのか。
 
バスは荒川三叉路の道路に入った。山道だ。進路の邪魔をしていた倒木や落石を巧みな運転技術でくねくねとクリアしていった。何人かがバスを降りてノコギリで横たわった木を切ったり、障害物を取り除いたりと手を尽くしてくれた。しかし、しばらく行くと道路の真ん中に土砂崩れの土砂が立ちはだかって、進路は絶たれた。
大雨の中、バスは限られた範囲で通信のできる基地局の近くや、トイレの近くまで移動してくれた。運転席の近辺で何人かのガイドさんと運転手さんで相談しながらバスを移動していたと思う。
夜中にトイレに行った友達が、道路を流れている雨水の色が土砂の土色に変わってきていると言った。バスの中は安全地帯ではなくなった。そして夜明けを待ってバスを降りた。
 
誘導されて、しばらく歩いた。バスの行く道を遮った土砂崩れの土砂を苦労して乗り越えて、広いところへ出た。
「この辺で待っていてください。体を冷やさないように歩き続けていてください。山側にも谷側にも近づかないように」
言われた通り体を動かし続けた。しばらくするとおにぎり弁当とペットボトルのお茶が運ばれてきた。雨の中一つの傘に何人かで入って、おにぎりを頬張った。全力を挙げて助け出そうとしてくれている。小さな雨傘の中でちょっとしたジョークすら出て、助かることを疑っている人はもういない。移動の指示がでた。激流が山の斜面を流れ落ちていた。川を渡るのだ。川の両側はたくさんの倒木や岩で川沿いに山になっている。足がかりを探しながら助けを借りて登っていく。渡れると判断された堰の端まで這いあがった。その場所は流れが少し緩やかになっている。向こう岸から太いロープを渡してきていた。川を横断している堰の上の流れの中に何人かの人が立った。川を渡る人の一人一人をバトンして、流れから守る準備がされた。私が一番初めに渡ることになった。下を見ないようにして差し伸べられる手を信じて繋がれていった。安全なところに着地した後、次々に助け出されてくる人たちと飛び跳ねて無事を喜んだ。
 
2019年5月18日、19日。屋久島でも50年に1度の記録的な大雨だったという。屋久島町では全域に避難勧告がでていた。災害本部が設置され、バスともつながっていた。鹿児島県は陸上自衛隊に災害派遣を要請していた。
5月19日の飛行機は欠航、20日は満席だった。延泊し、屋久島ののんびりと穏やかな一日を過ごした。昨日までのことは現実だったと思えない。
5月21日、搭乗手続きをして空港で出発を待っているとき、帰る自衛隊機に遭遇した。ぶんぶんと2つの大きなプロベラを回している自衛隊機に、カモフラの服を着た隊員たちが力強く走り寄っていく。バスの乗客25人はその到着前に救い出されていたが、彼ら自衛隊は救助に尽力してくださったすべての人の象徴だ。孤立していた総勢314人の登山客はお陰で全員無事に下山できた。守ってくださってありがとうございました。神とひとに感謝の気持ちでいっぱいになった。
 
あの二日間の大雨が嘘だったように青空が広がっている。
飛行機の窓から見える屋久島に手を振った。
こんな天気の良い日にまた縄文杉に行きたいな。
 
 
 
 
***
 
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2021-12-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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