メディアグランプリ

私の気持ちに寄り添ってくれた夜間救急動物病院


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:須賀泉水(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
「キャー―――――――――!」
 
もうすぐ日付が変わろうとしている深夜0時直前。
娘の悲鳴が聞こえた。
つい数秒前まで娘の部屋にいた私は、なぜ彼女が叫んだのかすぐに予想がついた。
慌てて飛んでいくと、娘のベッドに寝ていた我が家の末っ子、チワワのハナちゃんの足元から、どんどん血が広がっていた。それは私の予想をはるかに超える量だった。
 
ハナちゃんが家族の仲間入りをしたのは13年前。娘が小学一年生の夏休みの終わり頃のこと。遊び資金も底をつき、なんとかお金をかけずに楽しめそうなところは? と、訪れたペットショップでの運命の出会いだった。
 
誰かを連れて帰るつもりはなかったのに。暇つぶしをさせてもらうだけのはずだったのに。
うっかり抱っこしたかわい子ちゃんに、「うちの子になる?」と聞いたところ、「うん」と首を縦に振った(ように見えた)のがハナちゃんだった。
出会った瞬間から言葉が通じる子だった。ハナちゃんは私の言葉を理解してくれ、そして私はハナちゃんの気持ちを理解できている。と思っていた。
でもそれは、私の思い上がりだったと気づくのに、13年もかかってしまった。
 
ハナちゃんは爪切りが大嫌い。
いつも動物病院で爪切りをお願いしていたけれど、とうとうお断りをされる日が来てしまう。
「心臓に雑音があるからこれ以上大暴れして、無理させて何かあっても困るので」という理由だった。
「寝ている時に、おうちで1日1本ずつでも切ってあげてください」と、告げられた帰り道、犬用爪切りを購入して帰宅。この日以降、家でハナちゃんが寝ているすきに爪を切るチャレンジが始まった。
 
チャレンジのハードルはとても高かった。
足を触るとすぐに気づいて嫌がられてしまうため、1本の爪を切るのに3日はかかる。ハナちゃんが寝るたびに爪切りのことばかり考えるようになっていた。どうしても切りたくて、嫌がるハナちゃんを押さえつけてしまうこともあった。爪を切らないと困るのはハナちゃんでしょ! と、鬼の形相だったに違いない。
 
そして先日の深夜、娘からLINEがきた。
「ハナちゃん爆睡。爪切りチャンス」
 
そろりそろりと爪切り片手にハナちゃんに近づいていき、一番伸びている爪を思い切ってパチン! ハナちゃんはいつもより大きな声で「ギャン!」と怒った。
数日振りに爪を1本切れた喜びから、いつものことだと「ギャン!」の声を気にも留めず部屋から出た直後、娘の悲鳴が家中を響き渡った。
 
見に行くと、ハナちゃんが寝ている娘のベッドにみるみる血が広がっている。
ハナちゃんは痛そうな様子はなく、ただ自分の足をなめていた。
 
「ちょっと切りすぎちゃったかな? すぐに血止まるよね?」
と言いながら見守るも、血の海が広がるばかり。5分もしないうちに、このまま放置すれば失血死してしまうかもしれないと思うほどだった。
 
健康優良児で爪切りと予防接種以外では病院に行ったことがなかったハナちゃん。
どうすればよいのかとあたふたしながら、夜間の救急病院を探して連絡を入れた。
 
ハナちゃんをバスタオルにくるんで娘に抱っこしてもらい、車で30分かけて病院に到着。
すぐに診てもらえると思っていたら、そこには私と同じくらい、もしくは私以上に切羽詰まった飼い主さんであふれていた。中には震えながら祈っている女性も。
血が止まらなかったら死んでしまう! 先に診てください! という考えが吹っ飛ぶくらい、そこにいる飼い主さんたちはみな悲壮感が漂っていた。
 
待つこと2時間半、やっと呼んでもらえた時には、ハナちゃんをくるんでいたバスタオルを通り越して、私の服まで血だらけになっていた。助からないかもしれない。そう思った。
 
先生に預けた後、重い空気の待合室で、ハナちゃんと一緒に過ごした13年間を振り返らずにはいられなかった。
「言葉が通じる? 気持ちがわかる? 本当にそうだったら私は今、こんなに服を血だらけにして不安な気持ちになっていなかったのでは?」
周りにいる、私と同じく不安そうな飼い主さんたちを見ると、言葉の通じない家族と、必死に心を通わせようとしているように見えた。
 
私はずっと間違えていたのかもしれない。都合よく、分かり合えていると思い込んで満足していただけだ。言葉が通じないからこそ、気持ちが確認できないからこそ、もっともっと大切にしなくてはいけなかったのに。そんなことを考えて、変なタイミングで涙が出てきたが、
ここで泣いてはいけない気がして、背筋を伸ばしてハナちゃんを待つことにした。
 
そのころ、全身の血が抜けきったのではないかと心配していたハナちゃんは、足に包帯を巻かれて先生に抱っこされ、無事に私の元に帰ってきた。
 
家に連れて帰れたのは明け方。寝るとまた怖い目に遭うと思っているのか、ハナちゃんはずっと悲しそうな鳴き声を出しながら、翌日のお昼に眠気の限界を迎えるまで一睡もすることはなかった。
 
私の言葉は全ては通じない。ハナちゃんの気持ちも私が理解できているかは分からない。
だからこそ大切にしなくてはいけないと気づけた私は、ハナちゃんが眠れるまでずっと「ごめんね」と「生きていてくれてありがとう」を心の中で繰り返しながら見守った。
 
ハナちゃんの治療をしてくれた先生は、気丈にふるまう私にやさしくこう言ってくださった。
 
「すごい血でびっくりしたと思いますけど、大丈夫ですよ。深爪しちゃっただけです。明後日くらいに病院で包帯取って経過を診てもらってくださいね。そこで化膿してなければお散歩にも行けますよ」
 
先生はきっと、私が見せまいとした不安を察し、そこに寄り添ってくれたのだと思う。
病院に行ったとき、傷や症状だけを見る先生よりも、まずは話をしっかり聞いてもらうと安心するのって、見えない気持ちを大切にしてもらっているからなのだと思った。
 
相手が言葉の通じる人であっても、そうでなくても。
見えないからこそ、分からないからこそ、見えているもの分かっているものよりも、相手の気持ちを大切にできるようになりたいと思う。
 
さて、今後の爪切りをどうするか……
ハナちゃん、教えて欲しいワン!


2022-01-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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