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クマのぬいぐるみをもう一度


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:喜多村敬子(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
子供の頃の心残りを取り返したら、何が起きるのだろう。
私の場合はクマのぬいぐるみだった。
 
それは、5、6歳頃に手放したクマのぬいぐるみだった。
両親の友人夫妻と私より小さいお嬢さんが家に泊まりに来て、帰る時のこと。
何を思ったのか、私はその女の子にクマのぬいぐるみをあげた。
何を思ったのか、とは言ってみたものの、実はどう思ったのかは覚えている。
ちょっと年上の、でも、まだ子供の自分が大切なものを年下の子にあげたら、
周りの大人は驚くだろう、
「小さい子に譲るなんて優しい、お姉さんだね」
と褒めてもらえるのではないかと思った。
その子は驚いた表情をして、ありがとうとクマを抱きしめた。
でも、その子にとっては駄々をこねるほどには欲しいものではないと私は分かっていた。
あざとく、周りの受けを狙った小賢しい気持ちなので、
クマよりも大切なネコのぬいぐるみ「ティミー」はちゃんとキープしていた。
「本当にいいの?」案の定、母は驚いた。皆も驚いてくれた。
ただ、自分が期待したほどにはうれしく思わなかった。
 
それから20年後、私はクマのぬいぐるみを買った。
ちょっとだけ奮発して、良いぬいぐるみを買った。
20代独身の不安定で閉塞感が付きまとう頃だった。
何でクマのぬいぐるみをあげちゃったんだろう。
「ティミー」ほどではなくても、大事なクマだったのに。
周りに気を使って、ちょっとお姉さんぶりたかっただけで、本当は手放したくなかったのに。
そういう気持ちがずっと心の片隅にあった。
欲しいと言われてもいなかったから、クマをあげる必要なんてなかったのに。
子供だったのに、無理をした自分をかわいそうに、かわいそうに感じていた。
クマのぬいぐるみを自分のために買ったら、
かわいそうな幼い自分の気持ちが満たされるのではないかと思っていた。
そこで、クマを買ってきた。
そういうマスコット的なものを買うことがない私に家族は驚いた。
母は、私が子供の頃にクマのぬいぐるみを持っていたことを
覚えていると懐かしそうに言った。
 
で、何が変わったか?
何も変わらなかった。
クマを取り返して満足するはずのかわいそうな幼い子供は、私の中にはいなかった。
感動的な再会の気持ちも出てこない。
クマにその力がなかったのではない。
クマは居間のソファに置かれたままになった。
分かったのは、私にとって特に大事でもなかったという事。
自分が思いたいほどには、
無理をしてクマをあげてしまったという後悔の気持ちは強くはなかったという事。
もうとっくに昔に過ぎた事だったのだ。
「本当はあげたくなかったのに……」という気持ちを抱えることに固執していた。
その固執に気づくと、気持ちが軽くなった。
そして、はっきり思い出した。
周りの大人からいつも何かと譲ってもらう側だった幼い自分が、
初めて人に何かを譲るという明確な意思を持ったのがこの時だった。
これって人の成長の中ではエポックメイキングな出来事だと思う。
いつももらう側からあげる側へ、
一方的に守られる側から守る側へのシフトの始まりがここだった。
かわいそうといつまでも思う必要のない事だった。
 
だから、私にはクマを買っても満足感や開放感はなかった。
それに伴うはずの期待していた20代の不安な閉塞感を解決する展開もなかった。
自分自身に肩透かしを食らわされたようなものだった。
そのちょっと前に、アメリカの大学の短期語学コースから戻って、
パートでしか雇ってもらえなかったが、新しい職場に移っていた。
そこで、何か自分が変わるかと思ったが、変わらなかった。
環境が変わっても人は変わるとは限らない。
それよりも変わろうと心の底から素直に思うほうが確実に変わる。
周りの何かの力で変わればと期待するよりも、
自分で動く方が確実に人は変わるし、人生は開ける。
そんなことを知るべき時期だったのかもしれない。
 
そこで少し具体的な行動を取ると、違って来た。
英検1級の勉強を一人でぼちぼちやっていたのに加えて、
仕事の後に1時間ちょっとかけて週一の英検1級講座に通う事にした。
相手もいなかったが、結婚を自分事と意識して、
まずはプロフィール用の写真を撮りに行った。
すると、そこから色々なことが動き始めた。
 
自分で撮りに行った写真そのものが功を奏したというよりも、
行動を起こしたこと自体に意味があったのだろう。
写真と関係のない所でも、人との出会いが増えた。
やがて、結婚した。
結婚と転居でタイミングが合わなかったが、
1級講座の講師の翻訳事務所での正規社員の話もあった。
その後、ものすごく時間はかかったが1級は取れた。
 
あれから時は過ぎ、今は自分の子供が私がクマを買った年ごろになった。
その間、人は生涯学び続けるし、変わっていくのを見聞してきた。
91歳の義母には、「この年になるまで、人がこんなに○○なものとは知らなかった」
と今でも新しい気づきがある。
だから、年齢は関係なく、
「……したかったのに」「……したくなかったのに」と昔の何かに引っかかっていたら、
それをやってみる、本音で動いてみるのは「あり」だと思う。
満足すれば、それでよし。
満足しなくても、OK。そこに、新たな気づきがあれば儲けもんだと思う。
クマのぬいぐるみをもう一度手にしたら、そうだったから。
 
 
 
 
***
 
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2022-01-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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