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だったらさ、アマゾン川を渡ってみたら?


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:光山ミツロウ(ライティング・ライブ福岡会場)
 
 
人間、長く生きていると、どうにも気になってしょうがない事、というものがあるのであって、例えば初対面の年長者の鼻の穴からヒョロっと出ている鼻毛、バスで隣り合わせた美人が裏返しに着ているカーディガン、街で前を歩くサラリーマンがパカパカと履いている明らかにサイズの合っていない革靴等々、それらを前にすると試練、とまでは言わないが、胸の内に何かしらの葛藤を感じる、あるいはこちら側の自意識が試されているのでは? と妙にソワソワする、もしくは何らかの重要なメッセージが隠されているに違いない、と私立探偵よろしく疑り深くなる……と、色々な思いが頭をよぎってしまうものである。
 
無論、だからと言って、
 
「鼻毛、出てますよ」
「カーディガン、裏返しですよ」
「革靴、大きすぎやしませんか」
 
……とは、間違っても意見してはいけないのであって、それは他でもない、目の前の鼻毛、カーディガン、革靴は見知らぬ他人様のそれであり、その出し方、着方、履き方を、通りすがりの赤の他人がとやかく言う筋合いは、どこにもないからである。
 
それどころか彼、彼女の、鼻毛、カーディガン、革靴について安易にこちら側の価値観でもって大上段から意見してみたところで、
 
「ええ、出してますよ鼻毛、敢えてって感じで」
「ああ、昔からカーディガンは裏返しに着てます」
「革靴といえばこのサイズ感、っていうか抜け感? が好きなんです」
 
……といった答えが返って来ないとは限らないのであって、そう言われたが最後、もうこちらとしては何も言うことがなくなってしまうのである。
 
それくらい、人それぞれが持つ物事に対する価値観は大きく異なるのであって、時にその違いは南米アマゾン川の右岸と左岸くらいに、大きな大きな隔たりがあるように思う。
 
アマゾン川の右岸にいる人が左岸にいる人めがけて、必死に、鼻毛だのカーディガンだの革靴だのと叫んだところで、価値観どころかその声さえ届くはずはない。
 
が、悲しいかな、人間というものはその価値観において絶対的な拠り所は自分がいる河岸、つまり自分の経験や知識、あるいは自分そのもの以外にはないよね絶対、と信じやすい生き物なのであって、それが証拠に、冷静に考えたら届かないはずのアマゾン川対岸の人に向けて、自分の主義主張(鼻毛出てますよ等)を、使命感や正義感、あるいは過去の経験からくる絶対の自信を根拠として、無謀にもこれを叫んでしまうのである。
 
さらに悲しいことには、その価値観を叫ぶ方向が対岸の他人だけではなく自分自身に向かう、それも無意識に、という場合も多々あるのであって、長年、自分の価値観を自分に叫び続けた結果、その価値観に自分自身が縛られ、気づいたら身動きが取れなくなり、そうしてある日突然、例えば流行りの映画、音楽、小説、アイドル、お笑い等の良さが全く理解できなくなっている自分に気づき愕然とする、という状況に陥ったりするのである。
 
ではなぜ私が、鼻毛だのカーディガンだの革靴だのといった日常的に気になること、あるいは他人様との価値観の相違についてここまで書いてきたかというと、それは私自身が、自分で作り上げた以下の価値観Aに縛られ、身動きが取れず愕然としていたからにほかならない。
 
価値観A:恋人同士であればLINEはすぐに返信をするもの
 
改めて言葉にすると、我ながら何と器の小さい価値観か、とまた愕然としそうになるが、事実、私に最近できた彼女はLINEをすぐに返すタイプの人ではなかったのである。
 
当初、彼女のこの特性を知った私は、自分がアマゾン川の右岸に、そして彼女が左岸に、それぞれ立っているとは全く気づかず、無謀にも「恋人同士だったらもうちょっと早めに、せめて翌日にはLINE返して欲しいんですけどー!」と、自分の価値観まる出しで叫ぶ計画を立てていた。
 
が、彼女とのLINEのやり取りを通して、私と彼女との間に流れる悠久の大河の存在に気づいた私は、左岸に向かって叫ぶ計画を一旦留保し「LINEの返信? そんなの、いつでもいいよ」と余裕の男を演じた。
 
無論、器の小さい私にとって余裕などあるはずもなく、この状況は試練、とまでは言わないが、胸の内に何かしらの葛藤を感じる、あるいはこちら側の自意識が試されているのでは? と妙にソワソワする、もしくは何らかの重要なメッセージが隠されているに違いない、と私立探偵よろしく疑り深くなる……と、そんな心持ちがしばらく続いた。
 
嗚呼、マジ叫びたい。
 
でも、余裕の男も演じたい。
 
私は1週間ほど、アマゾン川右岸で悩み、うなだれ、そして考えに考えた。
 
結果、私は新たに、以下の価値観Bを考え出すに至った。
 
価値観B:だったらさ、アマゾン川を渡ってみたら?
 
つまりは、私自身がアマゾン川を渡って彼女のいる左岸に上陸してみよう、そうして恋人同士であってもLINEはすぐに返信しなくてもいいし、LINEの返信頻度は我々の関係性には何ら影響しないよね、というおそらく彼女が持っているであろう価値観を、私も共有してみたいと思ったのであった。
 
こう考えるに至ったのには理由があった。
 
それは、昨年、私は離婚をし、その時の苦い経験があったからだ。
 
当時、私と元妻は互いの価値観を叫び続け、あるいは互いの価値観にそれぞれが縛られ続けた結果、関係性が崩れ、結婚生活は破綻した。
 
アマゾン川の存在はもちろん、自分達がただそれぞれに叫び続けているだけ、という事実そのものにも、お互いに気づくことはなかったし、私などは気づこうともしていなかった。
 
「だったらさ、アマゾン川を渡ってみたら?」
 
あの離婚から学んだことを行動に移すとしたら、それは今目の前にあるアマゾン川を渡ることなのではないか、と私は考えるに至った。
 
今の私に残された最善の選択肢は、叫ぶことでも、右岸で(器が小さいくせに)余裕の男を演じることでもなく、ただただ彼女のいる左岸に向かってアマゾン川を渡ることなのであった。
 
深みにはまるかもしれない。
濁流にのまれるかもしれない。
ピラニアや巨大ワニに襲われるかもしれない。
 
しかし、もし今ここで、また私が叫び続けるのであれば、また同じことの繰り返しになってしまうし、離婚から何も学ばなかったことになってしまう……そう強く思ったのだった。
 
今現在、私は必死でアマゾン川を渡っている最中であり、完全に彼女のいる左岸に上陸できたとは言えない。
 
が、アマゾン川の存在に気づき、そして渡ろうと決心してからというもの、私は彼女のLINEが遅い事が気にならなくなったばかりか、彼女と同じペースでやり取りを行うことで心の余裕を手に入れたような気がするし、それによって視野が広がったのか、何となく彼女も私のいる右岸に渡ってこようとしてくれていることにも気づくことができた。
 
今後も私は、他人様だろうが恋人だろうが、自分と相手との間に流れる巨大なアマゾン川に幾度となく出くわすであろう。
 
その時に備えて、いつでも渡れる準備だけはしておきたいと思っている。
 
 
 
 
***
 
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2022-01-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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