メディアグランプリ

アイツがいなくなって見えたもの


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記事:Allie(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
「え! ウソでしょ?」
 
電車に乗った直後、突然の悲劇に見舞われた。私の大切な相棒がどこにもいない。目につく所はくまなく探したけれど、どこにも姿が見当たらない。一体どこではぐれたんだろうか。
家を出る前まで、ついさっきまで一緒だったはず。手の届く所にいたと思っていたのに、気づいたらいなくなっていた。
 
まさか、どこかに置き去りにしてしまったのか? 動揺しながら今までの記憶をたどってみる。今朝は早めに家を出る必要があったのでバタバタと支度をした。その間、アイツはテーブルにいた。それは覚えている。いつも働かせてばかりだからギリギリまで休ませようと思って、そっとしておいたのだ。
 
そんなアイツを尻目に、私は大慌てだった。もう出ないと間に合わない! という時間になって、焦りながら玄関を出て……。そうだ、この時だ。私はアイツを、長方形で手の平サイズの相棒を、テーブルに置いた状態で家を出てしまったのだ。ケーブルに繋いだまま…。
 
気づいたのは電車に乗ったあと。引き返そうにも予定に遅刻してしまうから無理だった。仕方ない、今日はアイツなしで過ごすしかないな。まあ、何とかなるさ。最近ベッタリしすぎだと思っていたから、お互いに少し離れて自分の時間を楽しむのもいいじゃないか。そう考えるようにした。
 
いつもなら電車に乗ったらアイツがすぐに相手をしてくれるけれど、今日はそうはいかない。降りる駅までしばらく時間がある。今日は目的地まで音楽でも聴いて……って、音楽データはアイツが全部持ってるいるんだった。イヤホンだけじゃ音楽は聴けないな。じゃあ本でも読んで過ごそう……って、本も全部アイツが持ってるじゃん! 私の娯楽アイテムはすべて相棒に預けてあったことに気づき愕然とする。
 
よくよく考えてみたら、最近の私はどこへ行くにも何もするにもアイツと行動を共にしている。食事の時や出かける時だけではない。入浴する時も寝る時も一緒。付き合ったばかりの周りが見えないカップルのごとく、片時も離れずに一緒にいて、必要なことはほとんど相棒に任せっきり。顔を向ければパッと明るくなって、いつも私を受け入れてくれるのがうれしくて、ついつい長い時間見つめてしまう。そんな生活を続けていたので、いざアイツがいなくなると、できないことがものすごく増えていた。
 
音楽も聴けず本も読めないので、仕方なく電車内を見回してみる。座席が埋まる程度の混み具合で、立っている人はほとんどいない。よくよく観察してみると、席に座っているほぼ全員の乗客が、それぞれの相棒と見つめ合っていることに気づいた。うつむきがちに長方形の相棒をのぞき込む人々。みんな同じ格好をしているせいか、なんだかその光景は異様だった。いつもなら、私もその中の1人なのだが。
 
異様だなと思う反面、みんな相棒と一緒でいいなあ、とうらやましくも思った。フォークダンスで相手がいなくて一人ポツンと立たされているような、何だかいたたまれない気持ちになる。ああ、どうして私はアイツを置いてきてしまったの。手持ち無沙汰でどうしようもない。
 
アイツが相棒になる前、私は電車に乗ったらどうやって過ごしていたんだっけ? 機種変更で姿やスペックが多少変わってきたけれど、アイツとはかれこれ10年近く一緒にいる。だからいなかった時のことは忘れてしまった。少なくとも音楽や本はアイツに預けず、自分で持っていたはずだ。
 
電車がトンネルを抜けて地上に出て、橋を渡り始めた。人間観察も飽きたので、ふと窓の外に目を向ける。今日は朝から天気がいい。橋の下を流れる川に太陽の光が反射して、キラキラと輝いていた。川沿いの土手にはジョギングをする人、ペットの散歩をする人、自転車をこぐ少年の姿も見える。休日の朝らしい、清々しい光景だった。電車からこんな景色が見られるなんて、アイツと一緒にいたら気づかなかっただろう。
 
確かにアイツと一緒の生活は便利で楽しい。スクリーンを覗けば中には大抵のものがそろっているし、人差し指を動かすだけで、大半のことが済んでしまう。最近では話しかければ用事を済ませてくれることもある。でも相棒ばかり見ているせいで、私は多くのことを見逃しているのかもしれない。身の回りで起きていることや、何気ないけどすばらしい景色。そういうものに気づけないで過ごしているなんて、何ともったいないことだろう。
 
景色を見ながらそんなことを考えていたら、電車が目的の駅に到着した。いつもならポケットからアイツを取り出してにらめっこをするところだが、今日は顔を上げて歩き始める。正直、いつも一緒のアイツがいないのは少し心細い。でも、いないからこそ見られる景色もあるはずだ。今日は周りを見ながら歩いてみよう。天気もいいことだし、きっといつもとは違う気分を味わえるはずだ。
 
 
 
 
***
 
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2022-02-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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