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空の架け橋は、すぐそばに


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:北江りな(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
私は歩道橋が嫌いだった。
なんでわざわざ階段を上がらなきゃいけないんだ。
ちょっと遠回りをしても、平面の横断歩道を渡る。
疲れることも、面倒くさいことも嫌いだ。
 
歩行者のために用意された、安全地帯。
好んで使う人はどれだけいるのだろうか。
横断歩道があるならば、そっちの方が断然楽だろう。
いつも横目で見ながら、私は、通り過ぎていた。
 
 
昔、学校の近くに歩道橋があった。
だいたいの生徒は、ほんの少しだけ遠回りをして、横断歩道を渡っていた。
私もその大多数の中の1人だった。
そんな中、いつも歩道橋を渡る人がいた。
朝、歩道橋を上っていく彼女を見ると、面倒くさくないのかなあ、と思っていた。
 
彼女は、いつもメガネをかけていて、落ち着いた雰囲気だった。
話したことはない。
一緒のクラスになったこともない。
ただの、同級生だった。
 
私は毎日部活があったから、帰り道で彼女と一緒になることはなかった。
ある時、定期試験の前で部活が休みだった。
いつもは友達と歩いて帰っていたけれど、その日は1人で帰った。
帰り道、目の前に彼女がいた。歩道橋の彼女だ。
彼女は、背筋よく、テンポよく、前を歩き続ける。
抜かすにも微妙な距離で、私は彼女の後ろを黙って歩き続けた。
 
歩道橋が現われる。
いつもなら私は、少し遠回りをして横断歩道を目指す。
彼女は、迷わず歩道橋へ進む。
なんだかその日は、ついていきたくなった。
彼女の歩くテンポには、どこか軽快さがあった。
面倒な、ぐるっと回る階段も、今日は上ってみようと思った。
 
ぐるぐる。ぐるぐる。ぐるぐる。
複雑な形をした歩道橋では、彼女と目が合いそうになる。
少し距離を保ちながら、階段を上った。
 
はぁ。はぁ。はぁ。
息が上がる。普段、運動をしない私には、重労働だ。
上を見る余裕はない。
足元を見ながら、残りの階段を数えるだけだ。
 
やっと階段が終わった。
ようやく頂上だ。
そう思って着いた途端、目の前に突然ローファーが現われた。
 
顔を上げる。
彼女が立っていた。
 
私は、悪いことはしていないはずだ。
ただ、歩道橋を渡って帰るだけだ。
彼女のあとをつけたわけじゃない。
帰り道が一緒だっただけだ。
 
たった一瞬で、誰に言うわけでもない言い訳が、頭の中をぐるぐるする。
 
「今日は、歩道橋なんだね」
彼女が言った。
 
「あぁ、うん。まあ、たまには……」
 
息が上がっている上に、なんだか後ろめたい私は
なんとも歯切れが悪い返事をした。
 
そんな消えそうな返事も気にしないかのように、彼女は話し続けた。
「この前の体育、きつかったよね」
 
「あぁ、持久走の練習? きつかったね」
 
隣のクラスと合同で行った体育で、持久走の練習をした。
その時、一緒のあたりを走っていたことは覚えている。
私たちは、話したことはなくても、お互いを知っていた。
 
それから短い間、他愛もない話をした。
「どうしていつも歩道橋を使っているの?」
と聞きたかったが、なんだか聞けずに終わった。
 
 
 
定期試験まで、あと3日。
今から勉強しても、範囲が広すぎる。
諦めモードで、ぼんやり歩きながら、家路をたどる。
 
例の歩道橋が現れる。
今日はまっすぐ家に帰りたくない気分だ。
たまには、運動もいいだろう。
歩道橋の階段を上る。
1段1段は高くない。でも、冗長な道のりだ。
はぁ。はぁ。はぁ。
今日も息切れがする。運動不足だ。
 
 
階段を上りきったら、彼女が歩道橋の真ん中にいた。
歩道橋の上から、下を覗いている。
下は交通量の多い広い道路だ。
 
あれ、何しているんだろう。
え、まさか?
そんなわけないか。大丈夫だろうか。
胸がドキッとした。
心拍数が上がっているせいか。
いや、そうじゃない。
 
少し心配になり、声をかけた。
「どうしたの?大丈夫?」
 
彼女は笑って答えた。
「大丈夫だよ。あのネコを見ていたの」
 
下を見ると、中央分離帯にネコがいた。
どこから来たのか、どこへ行きたいのか。
そのネコは、移動することを諦めたかのように、
静かに座っていた。
 
「あのネコ、大丈夫かなぁ、と思って見ていたの」
彼女は本当に心配そうに言う。
 
「どっから来たんだろうね。
でも、優しいね。ネコの心配するなんて」
私は本心からそう言った。
きっと道路を渡れたなら、また帰れるだろう、と楽観的に見ていた。
もし私が1番に中央分離帯のネコを見つけていたとしても、彼女みたいに立ち止まらなかっただろう。
 
「あなたも優しいじゃない。私のこと心配してくれて」
と彼女は言った。
 
私は、彼女を心配した。
彼女は、ネコを心配した。
ネコは私を心配して……は、ないか。
 
歩道橋の上で、私は優しい風を感じた。
あたたかい世界が広がっていた。
 
 
「どうしていつも歩道橋を使っているの?」
ついに、聞いてみた。
「みんなは横断歩道を渡っているのに、階段上るのは大変じゃない?」
 
「大変だよ。でも、ちょっと運動しようかな、と思って。たいした理由じゃないのよ」
と彼女は言った。
 
たいした理由じゃない。
それでも私にとっては、歩道橋を渡るきっかけになった。
今でも、歩道橋を見ると、彼女を思い出す。
そして、ネコが無事帰れたか、想いをはせる。
 
あのとき、私が歩道橋を上っていなければ、
分からなかったことがあった。知らなかった感情があった。
歩行者にとって最も身近な、空の架け橋。
そこには、いつもは見えない景色が広がっている。
 
たまには別の道を歩いて帰るのも楽しい。
少しの回り道も、ちょっとした運動も、日々の家路を彩るスパイスだ。
 
歩道橋から見える景色は、いつもは見えない何か、が見えた。
たまには悪くないな。
そう、思った。
 
 
 
 
***
 
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