メディアグランプリ

駐車券をなくして得た成功体験


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記事:夏川ゆき(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
「必ずあるので、探してください 」
 
駐車場の出口にある券売機の前で、ブルーのキャップにブルーのジャンバーを着た係員のおじさんにピシャリと言い返され、思わず一瞬固まってしまった。「あ、はい」とポケットやカバンを慌ててガサガサと漁る。
 
(えぇ……さっき散々探して見つからなかったから、言ってるのに……)
 
「あの、やっぱり駐車券、ないみたいなんですが……」
「ほとんどの方がそう言って、結局あるので、一度車をバックして探してください」
 
2度目のピシャリ。決めつける言い方に苛立ちを感じながらも、有無を言わせぬおじさんの姿勢に「いや探しましたよ」とは言い返せず、車をバックさせ、再度鞄の中や上着のポケットをガサガサ探る。「いや、ないんだよなぁ」と絶望的な気持ちで車内を見渡すと、後部座席のチャイルドシートに座ってキョトンとこちらを見る息子の右側、ドアポケットに白いカードが見えた。
 
「え、まさか」
 
半信半疑でそっと手を伸ばすと、それは紛れもなく私が求めて止まなかった「湘南海岸公園の駐車券」だった。
 
一度は「ない」と言ったものがあったバツの悪さを感じ、怒られるのではと不安と緊張を抱えながら、再び出口に向かい先ほどのおじさんに駐車券を渡すと、
 
「はい、ご利用ありがとうございましたー 」
 
とあっけなく解放されたのだった。
 
汗ばんだ額で、駐車場から道路に出る。やっと発進した車に、後部座席の息子も嬉しそうだ。
一度は失ったと思っていた駐車券を発見した達成感と、湘南の海沿いの爽やかな景色があいまって、私はとても清々しい気持ちになっていた。
 
(それにしても厳しい係員さんだったな……)
 
思い返せば私は昔からとにかく物を忘れるし紛失する。あまりに忘れ物やなくし物が多いので、小中学校の通知表にはいつも「注意力散漫」と書かれ、それを見た母に毎度叱られた。小学校5年生のときには、何度注意しても廊下に立たせても治らない私の忘れ物癖にしびれを切らした担任の黒崎先生が、私専用の連絡帳を作った。毎日帰る前に翌日の持ち物を記入して黒崎先生の判子をもらい、家で持ち物の準備をした後に親の判子をもらうという、私だけ特別運用ルールが実行されたのだった。毎日、帰りの会が始まる前に私だけ先生の元に連絡帳を持っていくのがすごく恥ずかしかったが、みるみる私の忘れ物が減って行ったことを覚えている。
 
黒崎先生の頃からずっと、学生時代は、体操服を忘れれば体育の時間ひとりだけ私服で参加していたり、絵の具を忘れれば、みんなが楽しく絵画をしている時間に所在無げに空を見つめるしかなかった。忘れ物をするとそれ相応の報いを受けたため、私も忘れ物をしないように必死だった。
 
そんな私も大人になった。
大人になっても黒崎先生の尽力は虚しく、私は学生時代よりさらによく物をなくし、忘れるようになった。
 
携帯、財布、家の鍵をなくすことはもちろん、ピアスはほとんどが片方しかない。新卒で入社した保険会社ではお客様から頂いた大切な契約書を失くしてクビになりかけた。お金に苦労していた元彼が誕生日に無理して買ってくれた4℃の指輪は、翌日 犬の散歩中に落としただろうことに帰宅後気がついた。
 
なぜ、大人になってまた物をなくすようになったのか。それは多分、大人になってなくし物をしてもそれほど困らないことに気が付いてしまったからだ。日本はとてもモラルの高い国で、財布やスマホを含むたいていの落し物はほとんど帰ってきたし、見つからない場合でも大した負担にならない額でだいたい解決できた。何よりも、物をなくしても周囲にがっかりされることはあれど、怒られることがめっきりなくなったことで、私のなくしレベルは再度ぐんぐんと上昇し、ダメっぷりは加速するのだった。
 
そんな中での、今回の湘南海岸公園の駐車場のおじさんとの出会い。
彼は「まあ最悪、最大料金を払えばいいか」と安易にお金で解決しようとする私に喝を入れてくれたのだろうか。
 
あのかたくなな態度はサービスを提供する側としてどうかと最初は疑問を抱いたが、彼なりの優しさだったのかもしれない。
私に駐車券を探させたところで彼に得はないだろうし、そんなことよりさっさと最大料金をもらったほうが楽だろう。それでもおじさんはNOを突きつけた。
 
「お前そのまま人生なめてたら大変なことになるぞ。大切なものを失うぞ 」とでも言われているような気がした。
 
そんなおじさんに黒崎先生の影を感じつつ、それからというもの、その駐車場を利用する時は駐車券を握りしめて外出する癖がついた。そしてもっと思うのは、「めちゃくちゃ探して見つかったという初めての成功体験」をくれた彼には感謝しかない。
 
それなのに私ともあろう人は、先日、家族でいったショッピングモールで駐車券を紛失したのだ。しかし、困って相談した総合案内の優しく綺麗なお姉さんに車のナンバーを伝えるだけで駐車券を再発行できることが判明してしまった。本当に世の中って優しいなと、なめた根性で今日も生きてしまっている私なのであった。
 
 
 
 
***
 
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2022-02-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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