メディアグランプリ

フードコートの中心で絶望を叫ぶ


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:北江りな(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
あれ、あれ、あれ!?
背筋が凍るとは、このことだ。
ギュッと心臓が握られたような感覚になる。
 
玄関の前に立ち尽くす。
どうすることもできない。
 
 
家の鍵が無い。
 
 
ありとあらゆるポケットを裏返す。
どこに置いてきたのか、記憶が無い。
 
さあ、どうする?
誰もいないことが分かっているのに、ピンポンを押す。
空虚な音が、玄関に鳴り響く。
 
 
そして、もう1つ。
私は大きな失態をおかしたのだ。
 
スマホを家に、置いてきたのである。
これは、ノンフィクションだ。
本当にこんな事ある? というぐらいの確率だが、
鍵を失くした時に限って、こういうことが重なる。
 
その日は、少し歩いたところにあるショッピングモールに買い物にいった。
散歩がてら家を出たときに、スマホが無いことに気づいた。
でも、2kmぐらい先だから、「まぁいっか」と思い、そのまま歩き始めた。
今思えば、取りに帰れば良かったと思うが、悪いことは重なる。
 
スマホもない。鍵もない。
八方塞がりのまま、玄関に立ち尽くしていた。
 
自分の記憶を、たぐりよせる。
今日の自分は、どこへ行き、何をしたのか。
そして、どこで鍵を落したのか。
 
ショッピングモールに電話? 警察に電話?
あ、スマホが無いんだから電話できないんだった。
 
来た道を戻る。
これでもか、というくらい道の隅々まで見ながら歩く。
下を見すぎて首が痛くなるぐらいだ。
 
ショッピングモールに戻った。
インフォメーションで鍵の落とし物が無いか尋ねる。
「残念ながら、届いていないですねぇ……」
 
私の家の鍵は、どこへ行ってしまったんだろう。
 
記憶の細い糸をたどる。
これでもか、というくらい脳みそフル回転だ。
 
フードコートで食事したことを思い出す。
そういえば、パンの袋に、ゴミを入れて、捨てた……
もしや、ゴミ箱に捨てたとか!?
 
フードコートのゴミ箱を開けてゴソゴソしている女は、
不審者以外の何者でもない。
そんな人、見たことあるか? いや、無い。
でも緊急事態だ。周りの目も気になるが、そんなの構っていられない。
 
みじめな気持ちになりながらも、
ゴミ箱から自分が2時間前に捨てたゴミを探し出す。
 
あぁ! これだ!
私が捨てたゴミ袋!
ゴミ袋に目を輝かせる女も、見たことないだろう。
そこに鍵があるならば、もうそれはゴミではなく宝物だ。
 
期待を胸に、ゴミ袋を開ける。
うん。ゴミしかない。
鍵の姿は見当たらない。
 
またしても、私は途方に暮れる。
フードコートの真ん中で絶望を叫んだ。
 
 
もう、帰るしかない。
いつ帰るか分からない家族を、待つしかないのだ。
 
帰り道、あるものが目に入った。
何度も通ってきた道なのに、初めて目に止まった。
薄汚れた、公衆電話。
 
最近、使ったのはいつだろう。
まだ携帯電話を持っていなかった時、
公衆電話は至るところにあった。
スマホが普及するにつれ、それは段々と消えていった。
 
いまや、探しても見つからないことが多い公衆電話。
スマホが無い無力な私にとっては、
今、唯一の連絡手段が、これだ。
 
これで家族に連絡が取れれば!
と、意気揚々と公衆電話に向かう。
いつもの道に、ずっとあったはずなのに、何故気づかなかったんだろう。
 
久しぶりに公衆電話を使う。
最初にボタンを押すんだっけ、10円いれるんだっけ。
あ、そうだ、まず受話器を取るんだった。
小学生の時は出来ていたことなのに、すっかり忘れている。
唯一覚えている家族の電話番号にかける。
 
プルルルル。プルルルル。プルルルル。
繋がってくれ! 頼む!
 
「ただいま電話に出ることができません。ピーと言う発信音の後に、お名前ご用件等を、お話しください」
 
無機質な声が、無感情で、私に語りかける。
えっと、なんていえば、ええと……
 
「えっと、鍵を失くして、それで、帰れなくて……」
 
プツッ。ガチャン。ツー。
 
またしても無機質な音が、こだまする。
 
確かに、公衆電話から着信があっても、多分、出ないと思う。
非通知とか、知らない番号は、まず出ない。
 
電話が苦手な私は、留守番電話が特に苦手だ。
ピーッという発信音が流れた瞬間、頭が真っ白になる。
 
もう一度かけなきゃ。
だが、もう財布には、10円玉も、100円玉も無かった。
 
こうして私は再び、孤独になったのだ。
何も、持っていない。裸になったかのように、心細い。
もう玄関の前で、ハチ公のように、ひたすら待つしかない。
覚悟を決めて、家路を歩く。
 
来た道を戻りながら、落ちているもの全てに目を向ける。
こうしてみると、色々なものが落ちていた。
ゴミ、傘の袋、キーホルダー、1円玉……
そして、鍵だ。
 
これも嘘みたいな話だが、
確かに、私の鍵が、道端に落ちていたのだ。
 
胸がギュンとつかまれたようだった。
驚きと、安堵と、喜びと、色々な感情がぐちゃぐちゃになって飛び出てきた。
 
鍵が落ちていた場所は、私の家から数mのところだった。
そんなことあるだろうか。
灯台下暗し。幸せの青い鳥。
なんだって大切なものは、実は近くにあったのだ。
 
こうして、私は家にたどり着いた。
 
 
スマホも鍵も失くした私は、実に無力だった。
物を失くした時の、ヒヤッとする感覚は、もう一生味わいたくない。
もう、絶対、失くさないぞ。
スマホと鍵を、固く、固く、握りしめた。
 
 
 
 
***
 
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2022-02-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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