メディアグランプリ

私は「北の国から」を見ることができない


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記事:塚本 よしこ(スピード・ライティング特講)
 
 
もう何十年も前の話。
私の母は入院していた。それは既に末期のガンだったからだ。しかし、私たちはそれを知らない。いや、本当は分かっているのかもしれないが、分からないことにしていた。
 
何度も入院し、手術しても治らない。そして、気づくとまた入院している。髪は抜け、痩せこけていく。それを見て、今の人ならすぐにガンだと分かるはずだ。でも私たち(姉と私)は決して母はガンではないと思っていた。そう思うと、そうなってしまうように思っていた。
それにその時代、今と違って、本人に知らされる病気でもなかったのだ。
 
富士山を見にいく!
そんな理由で、私たちは母を外に連れ出す計画をしていた。ワンボックスを手配し、寝られるようにマットも用意した。
母はどこかに出かけるというと、元気になったと後で父が言っていた。
信州に出かける計画を練っていた時は、腫瘍が少し小さくなったそうだ。このまま治るんじゃないか、父はそんな風に思ったそうだ。
心と体は繋がっているというが、本当に不思議なものだと思う。
 
静岡県に向けて、愛知県から車で出かける。
反対する医師や看護師もいた。いや大半がそうだった。今思えばそれもそうだ。
でも、私たちにはそれを決行する気迫があった。
静岡県にある病院とも連絡を取り、何かあればそこに行く話もついていた。
久しぶりの家族揃っての外出が、あと数日後に迫っていた。
 
母は病室のベッドの上で、TVドラマの「北の国から」を見ていた。
今となっては夜だったか、朝だったのか、再放送だったのかも分からない。でも確かに「北の国から」を一緒に見た記憶がある。そして、それは一話完結でなかったのも覚えている。
 
病室の画像の荒いTV。その小さな画面を母は体勢を幾度か変えながら見ていた。
その日の放送が終わる。この先どうなるのか、話の続きが気になる。そう、それは次の日になれば続きが放送される。
 
私は不思議に思う。
こんなに普通で当たり前のこと。次の日には前の日の続きが見られる。母にとって、そのドラマを次の日も見ることは、当たり前に次の日がやってくることの証だったし、私にとってもそうだった。でもその放送が、母が見た最後になった。
 
私の前では特に口に出さなかったが、痛かったり、苦しかったりもしただろう。
お見舞いに行くと、自らあの世にいけないか? そんなことを考えてたなんて言っていたこともある。私はそれを聞いてもあまり動揺しなかった。一瞬動揺したかもしれないが、気づかれないようにした。そんな事考えないで! とも言わなかった。そんな返答をしたら、母が大病みたいだからだ。何言ってるの? あははと苦笑いでもしたように思う。
 
ドラマを見ている間、頭の中はドラマの世界だ。
今の状況や体の辛さも一瞬忘れてしまう。母はきっとそのドラマを見ると、ほんの束の間、現実とは違う世界にいられたはずだ。
 
どうしてドラマは普通に続いていくのに、母のドラマは終わってしまったのか?
「生と死はこんなにも隣り合わせにある」
それが、当時20歳だった私が強く感じたことだった。生と死はこんなにも近く、こんなにも日常の中にある。
 
皆さんは「北の国から」をご存じだろうか。オープニングには、さだまさしさんの歌声が流れ、しばらく耳に残る。私は「北の国から」が好きだった。原作の倉本聰さんの他の作品も読んだりした。
あの話は純粋な恋物語に分類されるのだろうか。昔、「北の国から」が好きだと言ったら、「北の国くらいしか知らないお嬢さんが……」みたいに言われたから、きっと純粋な恋物語に違いない。純、蛍、そんな名前が思い出される。
 
何年も経ったある日、ふと、あの話の続きが気になった。結末を知りたくなった。
レンタルを探そうか、本を探そうか、考えた。
……しかし、やっぱりできなかった。
 
「北の国から」は、病室の母を思い出させる。「北の国から」に触れることは、私にとって、10年以上かけてやっと出来たかさぶたを自ら剥がすようなものだった。
どうしようもなく、痛みがこみ上げる。「北の国から」は私にとっても、あの日が最終回だった。
 
過去は変えられるという話を聞いたことがある。それは、過去の出来事は変えられなくても、その解釈は変えられるという話だった。
しかし母のあの頃のことを、どうしてもいい解釈につなげられない。いい思い出にも決してならない。胸を締め付けられるような思いとともに、徹底的な事実として深く私の中に刻まれた。
 
こんな、どうしようもならないこと、どうしようも出来なかったことを受け止めて、人は歳を重ねていくのだろう。私も違わず、そんな苦い体験をして、大人への一歩を踏み出した。
 
母を見送って、幾日も過ぎた大学のキャンパス。
新緑が美しい季節だった。
そこには泣き顔の私はなく、陽の下にすっと立つ自分がいた。
 
木の葉がキラキラ光って見える。キラキラ光が迫ってくる。
いつもそこにあり、いつも背景にあった名前も知らない木。
こんな木ここにあったっけ?
 
なんて綺麗なんだろう……。
しばらく見とれてしまった。
その時、天をものすごく近くに感じた。天がこの世に近づいた。
 
この世は美しいし、生きてるって凄いことなんだ!
そう思った20歳の夏。今でもあの感覚を忘れない。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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