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メディアグランプリ

あの冬の短い恋の記憶


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:飛鳥(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
その年の秋は、天候も良く過ごしやすい日が多かった。高校生の私は、学校からの帰りの電車の中で遠くに見える青い水平線を眺める。県庁のあるターミナル駅を越えて、電車はさらに街の海側へと向かっていく。電車から遠くに見える広大な海を眺めるのが、私は好きだった。
 
自宅の最寄り駅で降りて、通い出したばかりの塾に向かう。駅前は小さな商店街となっており、通りに咲く十月桜が見頃を迎えていた。この土地を知らない人は「狂い咲きですか?」と尋ねることもあるそうだが、これは秋と春の2回見頃を迎える桜なのだ。
漠然と将来は教師になりたいと考えていた私は、東京の大学に進学することを目標に、この秋から塾に通うことになった。気分はまるで入学式。十月桜が私の新しいスタートを後押ししているようだった。
 
塾の入り口から建物の中に入ると、奥の自習室に同じ学校の制服を着た男子生徒が入っていくのが見えた。知っている顔ではないので、1学年上の高校3年生だろうか。私の通う高校は電車通学の生徒も多かったが、ターミナル駅よりも海側のこの辺りに電車で通っている生徒は多くはない。同じ高校の生徒がいるなんて珍しいなと思いながらも、それっきり暫くはその姿を見かけることは無かった。
 
次に彼の姿を見かけたのは、その1カ月ほど後だった。その佇まいは表彰でもされているかのように堂々とし、自信に満ちていた。
彼は塾の受付で合格の報告をしていたのである。推薦で大学への進学が決まったらしい。しかも合格したのは都内の難関大学とのことだ。私はびっくりした。私の高校からその大学に進学するには、学年トップレベルの成績が必要なはずだ。私も勉強に苦手意識があるわけではなかったが、それでも遥かに遠い世界に感じた。
 
「同じ高校だよね。どこの大学を目指してるの?」私の制服に気付いたのか、彼が話しかけてきた。私は教師になりたいこと、色々な価値観の人が集まる東京の大学に進学したいこと、彼ほどに成績が良い訳ではないので不安を感じていることなどを話した。
「受験本番までまだ1年以上もあるんだから大丈夫。成績も上がるよ」話が弾み、最終的にそう励ましてもらったおかげで気分が前向きになる。少し世界が明るくなった気がした。
 
それから彼と話す機会が増えた。週に3、4回は会って話していたと思う。
学校帰りの電車が同じになるときもあった。ターミナル駅までの間はそれぞれ友達と一緒にいることが多かったので、彼が隣の席に移動してくるのはいつも電車がターミナル駅を過ぎてからだった。一人で見ていた海は、二人で話しながら眺めるものになった。
彼は進学する大学からの事前課題があるらしく、時々は塾の自習室を使って勉強しているときもあった。彼は英語が得意で、私は苦手な英語を何度も教えてもらった。
冬休みには、公園で彼が持ってきたフリスビーを投げ合って遊んだ。勉強で凝り固まった身体も、テストで張り詰めた心も、久々に身体を動かすことで解れていく気がした。
 
彼から好意を伝えられたことはなかった。でも一度だけ、駅で電車を降りてエスカレーターを上るとき、前に立っていた彼が不意に振り向いて私の頭に手を置いたことがあった。
そのとき「もしかしたら私はこの人のことが好きなのかもしれない」と気付いてしまった。同時に、彼も私のことが好きなのかもしれないと思った。
そんなことがあった後も、私達の関係性は変わらなかった。4月には彼は東京に行き離れ離れになってしまうのに、その想像がつかないほどだった。離れても、月日が経っても、いつまでもその仲の良い関係性が続くのではないかと思っていた。
 
だが、2月も後半に差し掛かると、急に彼と会う機会は少なくなった。新生活の準備や、東京での物件探しをする必要があるらしい。これから新しい生活を始める忙しい彼に無理に連絡をして負担を掛けたくなくて、元々頻繁というわけではなかったメールの回数は減った。
河口から海に流れ出す水を車窓から遠くに眺めながら、彼も私も同じようにこれから広い世界に旅立っていくんだ、と思った。
 
「明日、東京に行くよ」東京へ旅立つ前日のメールも、そんなあっさりしたものだった。私は塾の春期講習のため見送りには行けなかったし、見送りに行くと本当に別れを受け入れなくてはならないような、そんな気持ちがしていた。
いつの間にか、塾の教室から見える桜は満開になっていた。
 
彼への思いを断ち切らなければならないことは気付いていた。連絡の回数はさらに少なくなっていったし、返信が来ないことも増えた。桜の花びらに乗せた彼への思いは、遥か彼方へ散っていった。
高校3年生となった私は勉強に打ちこみ、当初の希望通り東京の大学に進学した。
 
その後も彼とは連絡を取っていない。同じ東京にいるのだから会おうと思えば会えるだろう。メールは主な連絡手段ではなくなったとはいえ、アドレスは知っているし、SNSで彼のものと思しきアカウントを見つけたこともある。だが、いつの間にかあの気持ちと折り合いがついていたのだと思う。
 
もう二度と彼と会うことは無いのかもしれないと感じる一方で、いつかまた彼と会う日が来るのかもしれないとも思うこともある。海に流れ出た川の水が広い海のなかで混ざり合うように。そして私が思っているより海はずっと、ずっと広いのだ。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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