メディアグランプリ

もう壁は塗らなくていい!


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:塚本 よしこ(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
ペンキ塗って欲しい! 娘が何度も言う。
これは家の外壁を塗って欲しいということだ。
 
私たちはある年の2月、実家に引っ越してきた。マンションから一軒家に住み替えようとしていたが、なかなか決まらない。そこで空き家になっていた実家に一旦住むこととなったのだ。
かつては友達に憧れられた我が家も、既に築40年。駐車場の屋根は風に飛ばされ一部が剥がれ、戸や柱は変色し、どこか寂しい様相だった。
 
最初の1か月は特にきつかった。寒くて仕方ない。洗面や台所のお湯が出ない。そして、娘が毎日のように前の家に戻りたいと言う。
それもそうだ。欧風の外観に、ホテルのようなエントランス。外断熱に二重窓という快適なマンションだった。しかし、今目の前にあるのは、古びた昭和家屋だ。
 
庭がある! 下に気を遣わずドンドンできる! そんなことを言いながら、何とかその場をやり過ごしてきた。
 
薄汚れたクロス、錆びた勝手口など、気になる箇所は自分で塗り替えた。部屋が白く明るくなると、気分も少し明るくなった。
けれど、そんな努力を打ち消すように、様々な問題がやってくる。ある時は雨漏り、またある時は雨戸が開かない。冬の寒さは特にこたえた。北面の風呂場に行くのは、露天風呂に行くようだった。
 
引っ越しが大変だったのもあり、すっかり新居を探すのは後回しになっていた。気づくと2年が経っていた。やっと落ち着いてきた、もうしばらくここで暮らそうか、そんな風に思っていたある秋の日のことだった。
 
シャーシャーシャーシャー
外に出ると、聞いたことのない音がする。気のせいだろう。そのまま一日放置する。
シャーシャーシャー
まだ音がする。道路? お隣? どこ? 車の下?
駐車場には水道メーターがあった。蓋を開けてみる。
 
うわあ……。
水が溢れ出ていた。しかも、大本の蛇口をひねっても締まらない。
あちゃあ。これは面倒なことになったと心が騒ぐ。
 
業者を呼び、原因を探っていくと、全ての管を変えた方がいいという。そんな大ごと?
見積もりを出してもらって、また目が点になる。
420……。え? 42? 42万!?
そんな大金を1日で使ったことがない。心臓がバクバクする。
しかし、保留にしても水は漏れ続ける。結局、家族と相談し、管を全て変えることとなった。
 
このままここにいたらお金を使うだけだ!
今まで何とか頑張ってきたけど、もう嫌だ! もう引っ越したい!
 
それから毎日パソコンとにらめっこが始まった。楽しい未来を思い浮かべて次の住まいを検索する。引っ越せば明るい未来が待っている! 引っ越せば楽しい毎日がやってくる!  娘が小学校に上がる前となると、もうタイムリミットだ。動くなら今しかない。
 
しかし、楽しい気分は長くは続かなかった。
調べても、実際見に行ってもしっくりこない。逆に現実的に考えれば考えるほど、庭や駐車場がある一軒家に今住めていることがありがたく思えた。
 
そして、ようやく気がついた。私は今あるものに目を向けていなかった。
雨風をしのげる家がある。野菜が育つ庭がある。駐車場もある。そして、大声で笑う子どももいる。
ここさえ綺麗なら、ここから引っ越しさえすれば、幸せだと思っていた。でも、どこにいても自分は変わらない。不足を探す自分がいればどこに行っても満たされない。
今ここで十分幸せな自分に気づくことの方が大切だった。
 
一見嫌な水漏れ事件は私にとってギフトとなった。現状に向き合う機会を得、大切なことに気づかせてくれたからだ。
今あるものに目を向けよう! 今これでよしとしよう!
 
そして、ここに来てもうすぐ3年が経つ。
娘が小学生になるので自分の部屋が欲しいと言い出した。
「なら壁を塗ろうか?」
「それはもういい!」
「え?」
娘の部屋の話をしたのだが、家の外壁のことと勘違いしているようだ。
もう少し突っ込んで聞いてみる。
「どうして? もういいの?」
「うん、もういい。みんな違って、みんないいから」
 
内心何を言ったのか分からなかった。もう一度反すうしてみる。
「みんな違って、みんないい」
 
えー! あんなに何度も外壁を塗って欲しいと言っていたのに。他の家を羨ましがっていたのに。
他の家は他の家、我が家は我が家と6歳にして悟ったのだろうか。テレビか何かで見聞きしたその言葉を発し、それはもういいだなんて!
 
私は驚きを隠せないまま、何が起こったのかを噛みしめていた。あまりにも羨ましがるので、何て言って育てていこうか、考えていたとこだった。しかし、そんな心配は無用だった。
気持ちが一気に明るくなり、2人で大騒ぎしながら部屋の壁を塗りたくった。
 
娘がみんな違ってみんないいと言ったのは、私が現状を受け入れたからかもしれない。
外壁を塗りたい! あんな家に住みたい! そう思っていたのは紛れもなく私自身だった。
 
いつまでここに住むか分からないけれど、住んでいる間、楽しく快適な場所にしよう。
理想の部屋の構想は膨らむばかり。お家改造計画は春先まで続きそうだ。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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