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吾輩は猫である


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記事:みつお(ライティング・ゼミ12月コース)
※この記事はフィクションです。
 
 
「吾輩は猫である。名前はまだない」
 
物心ついた時。
自分は、ある公園の片隅で1人だった。
いや、1匹か……。
 
冷たい雨に打たれ、ダンボールの箱は崩れ、
体温は奪われていった。
 
勝手に産み落とされ、捨てられ、
このまま、死んでいくのか……。
もう、声を出すこともできない。
震えながら目を閉じた時、ふと雨が止んだ。
 
「……」
 
何かに抱きしめられ、
はじめての温もりに包まれる。
 
「……」
 
目を開けると、そこには1人の
年老いた人間がいた。
 
黙って自分を見つめた人間は、
自分をボロ屋に連れて行った。
たくさんの絵が飾られているボロ屋は、
とても人の住んでいる場所とは
思えなかったが、
人間はタオルで自分を拭いてくれた。
 
嫌がって引っ掻いても、人間は黙ったまま。
ただ、痛がっているだけだった。
絵の具でひどく汚れたその手は、
あたたかく自分を包んでくれた。
 
それから、1匹と1人の生活が始まった。
 
人間は、家でスケッチブックに
絵を描いていることが多かった。
自分がいくら鳴いても振り向きもせず、
物を落として割っても、見つけるまでは
全然気がついてもいないようだった。
 
人間って生き物は、音が聞こえないらしいな。
 
オマケに猫のこともよくわかっていないらしく、
人間は自分の食べるものと同じものを
毎回半分にして与えてくれた。
 
ありがたい反面、全く食べられないものも
多々あり、困ったものだった。
子猫には、子猫に合ったものが必要だった。
 
人間と同じように扱われても困る。
 
人間は本当に困った奴で
雨の日は引っ掻いて、
雨が洗濯物を濡らすのを教えてあげたり、
ボロ屋に出るネズミやゴキブリを退治したり、
人間は本当に何にも出来ないから、
吾輩がたくさん面倒を見てやった。
 
そう、こうして吾輩の「自尊心」ってやつが
育てられたと言っても過言ではない。
吾輩は猫でありながら、
人間のようにあつかわれた。
 
人間としばらく一緒に過ごすと、
色々なことがわかってきた。
 
人間は外へ出かけて行っては、
他の人間に食べ物をもらっているということ。
家にいるときは、絵を描いていること。
 
他の人間は音を聞いたり、話したりできるが、
この人間にはそれができないということ。
 
おそらくこの人間は、周りの人間から
見下されているようだということ。
そして、避けられているということ。
 
それでも吾輩だけは、この人間の味方である。
いや、味方でいてやろうと思う。
 
吾輩は、最初は雨が嫌いだった。
幼い頃の、寒く寂しい記憶が蘇るからだ。
しかし、人間と暮らしていくうちに、
雨の日も嫌じゃなくなった。
洗濯物が濡れるのを知らせると、
頭を撫でてくれるから。
撫でさせてやっている身としては、
どんどん雨が降っても
良いと感じるようになった。
 
雨の日は、人間は出かけない。
吾輩と人間だけで雨の音を聞いているときは、
吾輩にとって何より大切な時間だった。
 
ある日の晩のこと。
人間は、めずらしく吾輩を連れて散歩に
出かけた。
どこに連れていかれるのだろう。
そう思っていると、
着いたのは吾輩が捨てられていた公園だった。
何をするつもりなのか……?
すると、人間はブランコに座り、空を見上げた。
吾輩は人間のひざの上に座り、
真似して空を見上げた。
その空に見えたのは、まんまるのお月様だった。
「……」
「……」
月が優しく、吾輩と人間を照らす。
 
初めて出会ったときのように、
吾輩と人間に会話はない。
会話はなくとも、吾輩と人間の間には
言葉や、形に表せない
あたたかいものがあるように感じた。
 
 
しかし、そんな幸せは
ある日突然、終わってしまった。
 
朝、目を覚ますと、
人間は布団の中で、苦しそうに唸っていた。
人間のくせに、猫みたいに、体を丸めて。
 
ただごとではないと思いながら、
吾輩は何もできなかった。
抱きしめて、頭を撫でることも
抱きかかえて、どこかに連れ出すことも。
吾輩は、誰かほかの人間を呼んでこようと
家の外で、何度も鳴いた。
人を見かけては、家へ呼ぼうとしたが
何も伝えることができない。
 
吾輩は猫だから、
人間に何もしてあげることが
できなかった。
 
夜になって、家に帰ると
唸り声は消え、
苦しそうな呼吸だけが
部屋に響いていた。
 
布団からはい出た人間の手には、
スケッチブックがにぎりしめられていた。
吾輩がなんとか布団をかけてやると、
吾輩に気がついたのか
優しく抱き抱えてくれた。
その顔は、さっきまでの苦しみから
解放されたような
安心したような表情だった。
 
人間は嬉しそうに笑うと、
スケッチブックを開いて見せてくれた。
今まで中身を見たことのなかった、
そのスケッチブックには
ずっと風景が描かれていたが、
吾輩が拾われた日から、
すべてのページに吾輩が描かれていた。
少しずつ成長していく吾輩を
飽きもせず、何度も何度も。
 
人間はすべてのページをめくり終えると、
笑顔で目を閉じた。
吾輩は今までの温もりを
人間に返すためにも、布団に潜り込み、
人間に寄り添って、目を閉じた。
こんなにあたたかいなら、
今までも一緒に寝れば良かった、
そう思いながら眠りについた。
 
朝、目を覚ますと、
人間は動かなくなっていた。
いつものあたたかさも、
もう残っていなかった。
 
音の聞こえない、声の出せない、
周りから冷たくされた人間。
 
それでも人間は、吾輩を救ってくれた。
吾輩を毎日あたたかく包んでくれた。
自分のご飯を半分、分けてくれた。
 
名前もつけられない、
言葉の話せない人間は、
名前もない、
助けも呼べない、
役に立たない猫を
人間のように扱ってくれた。
 
この人間の人生の意味は、
吾輩には、わからない。
どう思って、何を感じ生きて来たのかは
言葉で伝えてはくれなかった。
けれど吾輩は、猫として
人間と一緒にいられて、
絵に描いてもらい、
抱きしめてもらった。
幸せだった。
 
吾輩と人間は違うのに、
あたため合えたからこそ、
言葉はなくても、
伝わったものがあったような気がした。
吾輩は、この人間の人生の最後に出会えて、
役に立てたのかも知れない。
 
そう思ったとき、
ふいに誰かに呼ばれたような気がした。
自分より小さな存在が、
助けを呼んでいるような、
自分を必要としているような。
吾輩に名前などないのに……。
 
そうだ! 吾輩はこの人間にもらったものを
誰かに返さなくてはいけない!
これからは吾輩が誰かを撫でてあげたり、
ご飯を分けてあげたり、
誰かをあたためるべきだ。
 
そう思えた。
 
猫としての誇りをもって、
まだ少しの思い出を胸に
のんびりと歩きだそう。
まだ見ぬ誰かと出会うために。
 
 
「吾輩は猫である。名前はまだない」
 
 
 
 
***
 
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2022-03-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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