メディアグランプリ

父と母と私と


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ホシノナオミ(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「お父さんが電話にでない」
 
母がそう言ったのは木曜日の夕方だった。
最後に話したのが日曜日の夜。
特に変わったところはなかったが、
その後火曜日、水曜日と、電話にでないらしい。
 
「絶対脳梗塞で倒れているのよ……」と母はもう確信しているようだった。
「まさか、そんなことないでしょ」と私は笑った。
とはいえ、電話にでられない何らかの理由があるのだ。
 
当時、母と父は伊豆に住んでいた。
私たち家族の家はずっと都内だった。
いわゆる実家という一つの場所に40年近く住んでいたのだが、
数年前そこを売却し、伊豆に引っ越した。
 
父の趣味はクラシックカーである。
自分でエンジンなどに手を入れるので、ガレージが必要になる。
幸い東京の実家は町工場を営んでいたので、廃業した後は
そんな場所をとる趣味用のスペースに困ることはなかった。
 
しかし、引っ越すとなると話は別だ。
工具と複数台の車が入るガレージという条件なので
地方の別荘地が候補になるのは自然なことだ。
 
車がないと生活できない田舎の生活など嫌だと母は主張した。
ずっと父や家族を支えてきた典型的な専業主婦である。
これからの生活を楽しむ権利があるのは父だけではない。
 
「あなただけの生活じゃない。お母さんのことも考えて次は選んでほしい」
私を初め、家族はずっと言い続けた。
 
だからこそ、伊豆の家を契約したと事後報告を受けた時、
私は父を許せなかった。
「頭にくる」とはこういう感覚なのかと、大人になってから初めて実感した。
同時に悔しかったのだと思う。
自分達の意見が一人の男のワガママの前にあまりにも無力だったことに。
大人になって涙しながら語気を荒げるのは、あれが最後であってほしいと切に願う。
 
私はそれから父と疎遠になった。
伊豆にも一回も行ったことがない。
父も呼ぶことはなかった。
 
結局、母は都内に残りたいと別居したが、その後一年ほどして
「一人暮らしのお父さんが心配」と伊豆に拠点を移した。
母は伊豆に引っ越した後も、趣味や友人と交流するために、月に1週間ほど、
都内の私の家で過ごしていた。
父と電話が繋がらなくなったのはそんな時期だった。
 
「とにかく、家の中を見てもらわないと」
母は顔見知りのご近所さんに電話をし始めた。
 
「あぁ、すいません。あの主人と連絡がつかなくて……。
家に行って見てもらえないでしょうか?
ええ、家の鍵は閉まっているんですが、風呂場の窓が、確か、開いていているはずで……。
梯子が裏庭にあって。はい。はい。すいません。」
 
ご近所の友人に梯子をかけ、2階の風呂場から侵入し、
居間で倒れている父を見つけ、救急車を呼んでもらった。
 
私は母と伊豆の病院に向かった。
発熱があったため、緊急搬送とはいえども、
コロナのPCR検査結果が出るまで病室に入れず、
緊急病棟前の処置室で幸いにも私たちは面会ができた。
(とは言っても部屋の中と外なので4mぐらいの距離を保ちながら)
 
「あぁ、お姉ちゃんか。珍しいねぇ……」
確か父は苦しそうに、そう言った。
(私には弟と妹がいたので、いつもお姉ちゃんと呼ばれていた。)
私もいくらか言葉をかけた気がするが、全く覚えていない。
 
「お父さんは寂しがってたのよ」
その夜初めて伊豆の家に泊まった私に母は言った。
 
他人というのは、そして家族というのは本当にわからない。
寂しいなら家族がもっと集まりやすい住まいも可能だったはずだ。
 
ちなみに後からわかった話だが、
父は少なくとも電話が通じた日曜日の夜から彼は具合がよくなかったようだ。
それでも這って生活できるからと、誰の助けも呼ばなかった。
その時に一報でも入れてくれればその後の状況は大きく変わったのに。
 
寂しくなるのが分かっていながら、自分の都合を通して住まいを決めたり、
大事に至っても自分からそれを伝えようとしなかったり。
 
人間は時に理性的でない、理不尽な判断をするものであるらしい。
私からすると父は、特にこの数年、理不尽の塊であったように思える。
基本は自分の都合を押し付けてきた。
あれが人間らしさなのか。
そして母はどうしてその理不尽さを受け入れられるのか。
それを「夫婦愛」と片付けるのはあまりにも乱暴に思える。
 
緊急搬送が1年前。
容体は落ち着きICUから一般病棟に移ったものの、障害が残ったので、家には帰れない。
何より感染対策という名のもと、
あれから父に直接会ったのは両手で数えられるほどである。
幸い意思疎通ができるまでに回復したが、前のように喋ることはできない。
彼の生活も周りの家族の生活も一変してしまった。
 
父に対して抱くこの感情も、母の献身的な対応に感じる違和感も、
今の私に言語化することは難しい。
何かに例えられるかと思案したが早々に諦めた。
 
それでも、これから父と母に向き合う時に持ち続けるこのモヤモヤを
ただの理不尽さとして片付けるのではなく、真摯に向き合うことにした。
それが他人という人間を少しでも理解できる唯一の方法なのではいかと、信じることにしたからだ。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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