レジ袋をもらうかどうかのやり取りは、日々直面している子育てに似ているかもしれない
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:香月祐美(ライティング・ゼミ2月コース)
ガサゴソ
仕事場に戻ってきた私は、ビニール袋からお弁当を取り出した。
「フレンチのお店で修行してきました」というまだピカピカの立て看板に魅力を感じるのは私だけではないようで、お昼過ぎには売り切れになってしまうお店のお弁当。
店の外から「本日のランチボックス」がまだ残っているのが見えたとき、心の中でガッツポーズをしたのに。
今、美味しそうな鳥もも肉に一口目の狙いを定めた私は、心がざわざわしている。
ざわつかせている原因は、お弁当ではなく、お弁当を入れていたビニール袋にある。
仕事がある日、毎日どこかのお店でお昼ご飯を買っている。
買ったものを持ち帰るには、袋に入れるか、そのまま手で持つ、の2択になる。
たった数円のビニール袋。
しかし毎日買うとなると、日々の数円は、されど数円になる。
いろんなお店でエコバッグを売っているのを見かけるようになったので、ある日、試しに買ってみた。
畳むと手のひらに収まるほど小さくなるけれど、広げるとお弁当の2、3個は(そんなに食べないけど)余裕で入るくらいの大きさのバッグ。
これさえあれば、今後はレジでサッとエコバッグを出して買い物ができる。
環境だけでなく、お財布にも優しい。
いい買い物ができてカッコいい自分になれると、その日、私の心はウキウキしていた。
しかし。
残念なことに、理想のようにうまくいかないのが現実だった。
レジで自分の後ろに人がずらっと並んでいると、ダメになる。
なんでダメかって?
これまでは、レジの人が袋を準備してくれて、買ったものをきれいに入れてくれ、最後は受け取りやすいように持ち手をそろえて、手渡してくれたのに。
私は、それをただ受け取るだけでよかったのに。
自分でエコバッグを取り出して、買ったものを入れて、さらにお金のやり取りもしながら……が思ったよりも大変だったのだ。
レジで一人、盛大にモタついている私は、想像と違って全然カッコよくない。
私ってこんなに不器用だったのか?
しかも、アタフタしていると、後ろに並んでいる人たちを待たせてしまって、申し訳ないとドキドキしはじめる始末。
エコバッグを相手に渡すことも考えたが、このご時世、自分が何度か使ったものを渡されることを気にする人もいるだろう。
何回かそんな経験をするうちに、カッコよくエコバッグを使いこなすのが習慣になれなかったのだ。
いつしか、残念な私はビニール袋を買うことの方が習慣になっていた。
エコバッグを諦め、ビニール袋を買うようになって、気づいたことがある。
今度は「ビニール袋が必要」という意思表示が必要になる。
すると、ちょっと困ったことがでてきた。
「ビニール袋ください」
「袋いりますか?」
私が言うタイミングと、店員さんが言うタイミングが、割と一緒になる。
店員さんも仕事だから聞いてくれるのだけど、同じタイミングで同じことを言うって、なんか気まずい。
しかも、どのお店に行ってもそう。
いつもそう、だから毎日気まずかった。
……店員さんが聞いてくれるなら、私が言わなければいい、たったそれだけなのだが。
自分は自分、他人は他人、だから「言わなきゃ分かんないじゃん」とずっと思っていた。
そういえば、10年行きつけのマッサージ師さんにも「真面目すぎる」と言われてたっけ。
真面目にいつも、「袋ください」と言っていた。
自分が言わなければいい、ということにやっとこさ気づいた私は、言うのをやめることにした。
今日のお昼ご飯を買うために立ち寄った、フレンチの人気店。
店員さんが、お目当ての「本日のランチボックス」をショーケースから取り出すのを、ドキドキしながら見ていると、
「袋いりますか?」
と聞いてくれた。
なんだ、本当にそれでよかったんだと、なんだかホッとしている自分がいた。
私が気を使って言わなくったって、店員さんはちゃんと「察して」くれるのだ。
厳密に言えば、マニュアルにそって対応しているのだろうが、客は買いたい物さえ決めれば、何も言わなくても、あとは購入まで店員さんがなんとかしてくれる。
レジ袋に限った話ではなくて、「電子レンジはありますか」とか「スプーンはありますか」とか、買った後のことまで全て確認してくれた。
聞いてくれたことで、あ、これお箸じゃなくてスプーンの方が食べやすいんだと気がついた。
「自分で袋が欲しいって意思表示しなきゃ」と意気込んでいた私は、店員さんに全てを任せることで、すごく楽になった。
だって、こちらから先に何か言わなくても、必要なことは全て相手が察して、行動してくれるのだから。
相手が先回りして聞いてくれることに答えればいいのであって、自分で考える必要なんてない。
今後もきっと、自分から「袋ください」とか余計な意思表示はしないだろう。
その瞬間、なぜかモヤモヤした。
モヤモヤしたまま、「本日のランチボックス」と一緒に仕事場に戻った。
文句なしの鳥もも肉を頬張りながら、「ああ、この楽さってよくないな」と、思った私の頭の中には、午後からの仕事のことが頭に浮かんでいた。
塾で教える仕事をしている私。
生徒たちの様子を見回っていると、解き間違いに気づくことがある。
普通、間違いに気づいたら、「ここが違うよ、こうやって解くんだよ……」と正しい解き方を教えるのが先生だろう。
生徒の方も、先ほどのレジの話で「あ、これはお箸じゃなくてスプーンを使うのか」のように、私に教えられて気づくこともあるだろう。
ただ、毎回それがベストなのか、と改めて考えさせられた。
私が生徒よりも先に気づいたからといって、先回りして全てを教えるのがいいのかと。
できないことができるようになることも、学びのうちだと思っている。
できるようになるためには、「できるようになりたい」と思いながら取り組んだ方が上達するし、「知りたい」と思った方が記憶にも残る。
教える側のテクニックだけでなく、教えられる側の意識も大切なのだ。
自分は考えなくていい、相手が先に全て察してなんとかしてくれる、という「レジでのやり取りで感じた楽さ」は、学びとは逆にあるのではないかと思った。
レジで袋をもらうかどうかのやり取りで体験していたのは、塾の仕事でいう生徒側の役割だった。
学びを得るために、楽さを感じさせないことも必要だと思うのだ。
先生が何でもかんでも教えて楽させると、相手に自分で考える機会を少なくさせる。
だって、自分で理解しようと考えることなんてしなくても、先生が分かりやすく説明してくれる。
そんな姿勢で教わることが当たり前だと慣れてしまったら。
生徒にとって今後の長い人生の中で、自分で何かを学ばなければならなくなったとき、どうなってしまうのだろう。
これまで、生徒自身に考えさせる、知りたいと思ってもらえるように、私が質問しながら教えることを心がけていたけれど、一方で、先回りしてすぐに全てを伝えない私は意地悪だと思っていた。
正直、全てを教えてしまった方が私自身も楽なのだが、やっぱりそれでは、考えること、知りたいと思うことを引き出すのは難しいのだろうな、と気づくことができた。
考えごとをしているうちに、あっという間に空っぽになったランチボックスの蓋を閉めながら、さて、今日も午後から子供たちのために頑張っていこうと思うのだった。
***
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