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メディアグランプリ

ある日、便器の底からつかんだこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:横井マリ(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
「ちょっと、これなに!」
不穏な声を察してトイレを覗く。ズボンを上げながら後ずさりしてくるTさんの見つめる先には、今にも水が溢れ出そうになった洋式便器があった。
 
認知症高齢者が集うデイサービスあるある『流してはいけないものをトイレに流す』、始まり、始まり、である。
とりあえず、通称すっぽんで吸引してみたが水位は変わらない。溜息交じりに電話する。
「社長、トイレが詰まりました」
「取って」
「……」
「手で取れるから」
ラジャーと答えたかどうか記憶は定かでないけれど、まずゴム手袋を装着し、紙コップで汚物用バケツに水を汲みだす。水位が下がったところで手を入れてみる。奥に何かがすっぽりはまり込んでいるのが分かる。指先から伝わるクルクルとした丸めっぷり。Aさんの使用済み尿取りパッド確定だ。
 
便器の水の溜まる部分は、入り口から奥へ向かってS字が横たわったような形をしており、第1カーブ部分に水を溜めて悪臭や汚物の逆流、害虫の侵入を防いでいる。ブツはそれより奥、第2カーブにはまり込んでいた。人差し指と中指の先にわずかにヒラヒラしたものが触れる。これを引っ張ることができれば、無事、ミッションクリアだ。
 
が、しかし、これ以上は手が奥に入らない。覚悟を決めて素手で挑む。ヒラヒラが人差し指と中指の先で挟めるようになり、爪でひっかけることもできた。が、そうこうしている内に千切れてしまった。ホセ(焼き鳥などで使う串)を穴に入るサイズに折り、尖った部分で刺してみたが、うまく刺さらない。仕方なく、汚物交じりの吸水ポリマーを崩しては掻き出すことにした。せめて前向きなことを考えながら。
 
トイレを素手で洗うと金運がアップするって言うよね? 明るく自分に問う。
 
風水的にトイレは、常に水が貯まっている場所=運気が貯まる場所らしい。詰まり取りが掃除に値するかは不明だが、水が貯まりまくっているのだから、運気が強烈に上がると考えていいのだろうか?
 
次は、この小さな穴に手をつっこんでいる状況を、ことわざに直せないか考えながら、さらに手を突っ込んでみた。虎穴に入らずんば虎子を得ず=リスクを負わねば成功はつかめない。不衛生ってリスクを冒さずに詰まりを取る方法はある。業者に頼めばいいじゃん。そんな後ろ向きな考え方じゃダメだ。頑張れない。
火中の栗を拾う=他人の利益のためにあえて困難、危険なことに手を出すこと。確かに、昼食直後のトイレ繁忙時間帯に2つの内の1つのトイレが詰まってみんなが困っている。ちょっとこれが近い気もする。しかし、『火中の栗』には、おだてにのって危なっかしいことに手を出すという意味もある。そんな風にバカを見ているのでなければいいけれど……。
 
尿取りパッドは、いよいよボロボロとなり、これ以上つつくと奥へと滑り落ちてしまいそうだ。もう、どうにもならない……。いつか味わったことのある敗北感が満ちてくる。
負けを認める悔しさは、何度味わっても苦々しい。それを、「いい経験をしました」とさらりと流せる人と、いつまでも引きずる人がある。私は断然、後者である。たかがトイレの詰まり。だが、悔しすぎる。せめてここから学べることはないだろうか。
 
諦めて社長に顛末を報告する。
「ガッチリはまってしまって二進も三進も動きません」
「分かった。俺が行く」
 
1時間ほど後、ラスボスよろしく登場した大柄で当然手も大きい社長が、あの小さなにはまったブツをどうやって取り除くのか。こっそり見ていたかったが、『鶴の恩返し』よろしく扉を閉められてしまった。30分ほど後、ジャーッと気持ちのいい排水の音がして再登場した。
「どうやったんですか?」
「押し込んだ」
「え?」
「水が流れりゃいいんだから」
ドヤ顔で再度水を流す。
『無知の知』という言葉が、流水音と共に私の脳裏を流れて行った。
 
水が流れればいいと分かっていたら、奥に落としても大丈夫と知っていたら、すっぽんは、そっと押してしっかり陰圧を作って思い切り引くと効果的であるという知識があったら。もっと効果的に短時間で、トイレも私も救われていたはずだ。
 
悔しさが少なくて済む人というのは、経験値や知識があり、俯瞰で物事が見えていたに違いない。結果を得るためなら、どの手段を選ぼうが構わない。そんな大らかさがあれば、苦渋なんて舐めずに済んだんじゃないかとも思う。やっぱ私ってバカだったんだとも思う。だとしても。
 
火中の栗を拾ってきた自分が、つい虎穴に入っていってしまう自分が、嫌いではない。
 
もし、また難問が目の前に立ちふさがったら、果敢に挑んでやろうと思っている。ただ、その時は、少し引くようにして物事をとらえてから、最短かつ最良の方法で、ガシッと組み敷いてやりたい。それがまた詰まったトイレなら。その時は必ず、第1カーブで決着をつけてやる。
 
さて、八百万の神様がいる日本。トイレの神様は、今日の騒動をどんな風にご覧になっていただろうか?
 
 
 
 
***
 
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2022-03-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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