めがねはいいのに
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記事:nao(ライティング・ライブ大阪会場)
そういえば、父の父もそうだった。
私が会ったことのない、そのまた父もそうだったらしい。
父が先祖代々受け継いだもの。それは、年を重ねるごとに耳が遠くなる遺伝子だった。高めの音が特に聞こえづらくなってしまうらしい。
それが目だったなら、「老眼」という言葉がある。しかし、耳の場合はどうだろう。
「老耳」なんて言葉は見たことがない。そもそもどうやって読んでいいのかですらわからない。おそらく「老人性難聴」だとか「加齢性難聴」というのが適した言葉なのだが、意味は通じるものの、「老眼」と比べれば一般的でなく、どちらかというと「病名」だとか「診断名」に近いイメージになってしまう。
そして、悪くなったのが目だったら、迷わず、「眼鏡をかける」人が多いが、耳だったらどうだろう。
少しくらい聞こえにくくても気にせずそのままにしてしまう人が多いのではないだろうか。
ちなみに、ある統計によると、眼鏡の装用人口はすでに50%を超えているという。しかし、補聴器の普及率は11%程度とそう多くはない。
眼鏡はゲームをしすぎた子どもたちから高齢者まで老若男女、色々な事情を持った幅広い世代の人が着用しているので、あまり抵抗がなく、幼い頃には、眼鏡にあこがれたこともあった。
しかし補聴器は、聞こえにくくなったからといって、気軽につけるものとは程遠く、周りに補聴器を使用している人もそう多くはない。つけているのは、聴覚障害の方や70代以上の高齢者の場合が多く、抵抗がある人も多い。
父も例に漏れず、補聴器に対する抵抗が大きかった。
そして、昔から手話が趣味で、ボランティアやプライベートで聴覚障害の方と交流の多い母が勧めても聞く耳を持たなかった。
大好きな機械の音も大好きな鳥の声もよく聞こえていないのに。
幼い頃から同級生に真似をされて、からかわれるくらい高い私の声もよく聞こえていないのに。
それでも父は頑なで、補聴器をつけようとはしてくれなかった。
そこで私は、強硬手段に出ることにした。
それは、今から5年前のゴールデンウィーク。母と2人で弾丸ニュージーランド旅行に出かけたときのことだった。
旅のテーマは『星空とチョコレート工場』で、父も誘ったのだが、「星空」のところはよく聞こえていなかったらしく、「チョコレート工場に興味はない」という理由で断られてしまったのだった。
帰ってから写真を見せると「テカポ湖の星空を見るんやったら行きかったのに!」とすねられてしまったのは余談である。
とにかく、父が1人きりでゆっくりと考える時間があるのをいいことに、家電量販店で購入した、耳にすっぽり入れる、外からわかりにくいタイプの「軽度難聴者用の補聴器」を実家に送り付けたのだ。
会社員として働いている以上、聞こえにくいことで周りの方々に迷惑になっていないだろうか、とか、大好きな音が聞こえた方が楽しいのに、とか、娘の親を想う心から出た行動なのだが、面と向かって渡す勇気はなかった。
それに、もし、送られてきた補聴器を見て、怒りや憤りを感じたとしても、ショックを受けたとしても、しばらく仕事も休みで、1人で冷静に考える時間がたっぷりあるので、いいタイミングなのかもしれない、と考えた。
そして、ゴールデンウィークの最終日。関空まで母を迎えに来た父におそるおそる伝えた。
「お守りみたいなもんやから。ずっとつけてなくていいから、仕事とかでちゃんと聞こえないと困るときにだけ使ってもらえたらいいから」と。
父はあまり納得していないようだった。しかし実家に帰ると、補聴器が入った箱はリビングにいつもあって、少しほこりをかぶりつつも時々使われているようだった。
それから約5年が経ち、先月、正月ぶりに実家に帰った。
父と母と、3人で昼ごはんを食べ、母が晩ごはんの買い物に出かけたところで、父が話し始めた。
「実はな、お父さん、補聴器買ってん」
いきなりどうしたのか聞くと、久しぶりに、かつて私があげた「軽度難聴者用の補聴器」をつけたところ、以前は聞こえやすくなっていたのに、全然聞こえなくなっていた、とのこと。
それで、自分の難聴はもはや「軽度」ではないと気づき、病院で小さくて外から見えにくいタイプの補聴器を作り、今も調整中だそうだ。
デジタル補聴器で、技術の進化は素晴らしいものの、近くで紙や袋をくしゃくしゃにすると必要以上に大きく聞こえてしまったり、テレビの番組やシーンによってうるさすぎたり、人間の耳に比べたら融通が利かないことも多いらしい。
それでも、
「体温計って終わったら音鳴るんやな」
……そうやで、どうやって測り終わったって思ってたんやろ。そっちの方が気になるわ。
「お母さん(妻)の声があんなに大きかったなんて知らんかったわ」
……そうやで、一緒に出掛けたら結構恥ずかしいねんで。うるさいから声ちっちゃくしてっていつも言ってるねんで。
父による補聴器の感想は、大阪のおっちゃんらしく、つっこみどころ満載だったが、新しい世界が広がったようで、とても嬉しそうだった。
***
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