メディアグランプリ

「持たざる僕が手にしたもの」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:鈴木敬太(ライティング・ゼミ12月開講コース)
 
 
「よその家はよその家! そんなにイヤならよその家のコになりなさい!」
 
母の十八番だった。
僕がしつこく不満を言うと、決まってこのひと言で黙らされる。といっても、当の本人は僕が中学2年生の時、胃がんを患い死んでしまった。もう30年以上、十八番を聞いていないが、とにかく母は、誰かが持っているものを欲しがることを嫌っていた。
 
怒りがひどい時には、5円玉を握らされ、着替えを担がされて、玄関の外に閉め出された。幼稚園児くらいの時の記憶だが「いくらなんでも5円は少な過ぎるだろう」と思っていた。「誰かとご縁がありますように」という願いが込められていたのかも知れないが、そもそも幼少の僕には想像もできなかった。いまさら母の真意を確かめようもないのだが。
真意はさておき、閉め出される恐怖といったらもう……。それが真冬ならなおのこと、北海道住まいだったので数分で凍えるのだ。おかげ(?)で、下手に欲しがるとマズい、と学習するまで、さほど時間はかからなかった。
 
小学校に入る頃には、よほどでない限り、誰かが持っているものを欲しがらなくなった。あまりしつこくねだらずに、自分なりの工夫で乗り切った。週刊少年ジャンプは友達が読んだ後のものを50円で譲ってもらった。憧れのベッドはそのジャンプを重ねて作った。月500円だった小遣いと、部分利用しか認められないお年玉を工面して買ったファミコンは、友達より1年半遅れで手に入れた。流行った「ドラゴンクエスト(初代)」もずいぶん遅れて入手したから、低いレベルと遅い進行をバカにされたっけ。
 
その過程で味わった恥ずかしさや悔しさもあるにはあったが、むしろ、良いことの方が多かった。友達が飽きたゲームをくれたり、それこそ「よその家の」お母さんからは、他の友達より優遇されていた気がする。
一方で、少年野球のチームに入りたいと言った時には、ユニフォームにグローブにバット、シューズまで、用具一式を買ってもらえたから、単純に、母の好みの問題だったのでは? という疑念は拭い切れない。
 
母の方針か好みか、は、さておき、あることを自覚し始めたのは、食べ物に関してよその家との違いに気付いた頃だった。夕食の献立として、水炊き・納豆ごはん・めざしとみそ汁の3パターンが、定番のサイクルだった時期があった。全部好きで不満はなかったし、よその家と比べる機会も無かったので、母の「体に良いから」を疑わなかった。よその家には有る、スナック菓子やチョコレート菓子がうちに無い理由は「体に悪いから」だった。うちのおやつはパンの耳を揚げて砂糖をまぶしたもの。ここでもまだ、不満も疑問も無かった。始めて不満を抱いたのは、マクドナルドをNGとされた時だった。友達同士で出掛けても、みんながハンバーガーとポテトとジュースを頬張る姿を横目に、1人、立ち食いそば屋で、1杯160円のかけうどんで空腹を満たした。飲み物は水だ。理由はやはり「体に悪いから」だった。
中学生になり、弁当を持たせてもらうようになってからは、友達のおかずが気になりだした。ミートボールや牛肉の炒め物、から揚げなどに加え、卵焼きやそぼろごはんなど、いかにもお弁当用に作られた様子が羨ましかった。のりか梅干しがのったごはんに昨夜のおかずの残り、良くても卵焼きだった自分の弁当は持って行きたくなかった。母には言えなかった。
これらをきっかけに、うちは貧乏だと自覚した。
 
借金で身を崩した父と別れ、母は子供二人を抱えてパートで生計を立てていた。野球道具も、親戚の援助で買ってもらえたものだと、後から知った。思えば6畳台所と4畳半和室の二間に、トイレはベランダ・風呂無しのアパートで、母・姉・僕の3人で暮らしていたこともあった。
そう、僕は持たざる者だった。
 
持たざる僕だからこそ、手にしたものが2つある。
1つは反骨心だ。「欲しいものを買えるようになりたい・お金で買えるものはなんでも買えるようになりたい」と考え、それを仕事で叶えてきた。仕事を選ぶ時に優先したことは「その時の自分の能力で一番稼げる仕事」だったし、今でもその考えが根底にある。若い頃は、反動が過ぎて生活を省みずに買った高額品で苦しんだこともあるし、結婚したい相手が見つかった29歳の頃、貯金はほぼ0だったが、どれも稼いで乗り越えてきた。
もう1つは視点だ。持っていないのが普通だったから、ちょっとしたことで喜べるし、大抵のことは苦痛と感じなかった。同じことでも「当たり前」と感じるか「有り難い」と感じるか、どちらが幸せだろう。貧乏で良かった、とは言わないが、幸せに感じられることは多い方がいい。持っていても感謝できないなんて、乾季の農地で雨を呪うようなものだ。
 
恵まれないから恵まれる。いや恵まれていることに気付けるのだ。
もはや母孝行は叶わないが感謝はできる。
お母さん、僕は幸せです。ありがとう。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2022-04-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事