fbpx
メディアグランプリ

子育てママの尻ぬぐいはゴメンな件について

thumbnail


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:山口多佳子(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
その電話は、金曜日の夜8時にかかってきた。若い女性の申し訳なさそうな声だ。
 
「すみません、〇さんのお宅ですか」。
話してみれば、行きつけの美容室でいつも髪を切ってくれている美容師さんだった。
 
「子供の保育園がコロナで急に休みになって。明日、9時半にお越しいただくことは可能でしょうか」。
10時にいれた予約時間より30分も早く来いという。
 
今週は残業続きで、疲れ切っていた。都会のお洒落エリアにあるこの美容院は、我が家からかなり遠い。土曜日の朝、家を出る時間を30分早めるのはキツイなあ。思わずムッとしそうになる気持ちを抑えて、返事をする。
 
「いいですよ。9時半ですね」。
 
電話を切ってから、私の心は大人げなくモヤモヤした。
 
そもそも、今週ハードな残業が続いたのも、子どもを持つ同僚たちのしわ寄せだ。隣の席の新人を教える立場のSさんは、子どもの体調が悪いとのことで、三日も続けてお休みしている。
 
指導者を失った新人たちが、ふらふらと私のデスクにさまよってくる。Sさんがいないことで、起きなくてもよい混乱や行き違いもうまれ、プチトラブル続きで私は消耗していた。
 
そして、斜め向かいのMさんは、お子さんが濃厚接触者ということで、もう1週間お休みだ。人の少ない分、出勤している者に負担はかかる。これは仕方のないことだ。(もちろんだ!)
 
しかし、癒しの時間であるはずのプライベートの美容室にまで、こんなことが起きるとは。
 
神様、私は、子どもをもつ親たちの尻ぬぐいをしてまわる星のもとに生まれたでしょうか。私って甘く見られやすいタイプ?
自分も息子が小さいころは大変だったはずだ。その気持ちを忘れるとは、私は共感力に乏しい人間なのだろうか。
 
思いがグルグル回るのを止められないまま、その晩、私は眠りについた。
 
「すみませんでした。本当に」。
翌朝、美容師のアイさんは、わざわざ受付まで出てきて出迎えてくれた。
開店前の慌ただしい雰囲気の中、見晴らしのいい個室に通される。
 
見ると、部屋の片隅にはベビーカーが置いてある。
小さな男の子が、座って電車の本を眺めていた。
 
「預かってくれるところがないので、連れて来たんです。私の姿が見えると安心するので」
アイさんはいう。
「何歳ですか」。
「2歳です」。
「可愛い~。目元がアイさんにそっくりですね」。
 
おいおいおいおい。疲れているうえに、気を使って子どもトークもせにゃならんのか。私の髪への彼女の集中度もちょっと不安。泣き出したら、どうするのよ。
 
「先生がコロナにかかって、保育園が休園になったんです。預かってくれる人がいなくて」
「私の職場も、小さいお子さんのいる人、みんな大変そうですよ」
(そして、私にしわ寄せが回ってくるのよね)と、内心つぶやきながらも、私は会話を続けていた。
「休んでいると、家で休んでいるように思われるのが悲しくて」
彼女は言う。そうだ、二歳児の相手をし、目をかけ、一緒に過ごすのは大人相手の仕事より疲れるかもしれない。
 
私も、ふいに思いだした。
昔、ベビーカーで寝た息子を連れて、本屋をウロウロしていたら、中年男性に思い切りいやそうな顔されたっけ。そのとき、思ったものだ。
「あんたは、24時間いつでも自由に時間を使えるかもだけど、私には子供の眠ったこの時間しかないのよ」。
そして、この男性にウンコまみれのおしめを百回取り換えさせ、走り回る2歳児と一緒に買い物に行かせてやりたいと思ったものだ。
 
誰だって、小さかった頃があり、母親や周囲の大人の注意深い気づかいや愛情や手間で大きくなってきたはずだ。大人になるとなぜ忘れてしまうんだろう。そう思っていた。
 
アイさんのプロ意識はすごかった。
いつも以上にサービス精神を発揮しながら、丁寧にカットしてくれる。
それでも、お子さんチラチラ向ける視線で、彼を気遣っているのはわかった。周囲の店員仲間にも、とても気をつかっている。
 
それを見ているうちに、申しわけないような気持とリスペクトの気持ちが湧き上がってきた。
 
子どもを育てるというのは、今の日本ではものすごく負荷のかかる行為だ。負担が大きいのだ。その負担が、ほとんど若い母親に集中している。そして、みんな疲れてイライラしている。快適な自分の邪魔をしてほしくない、という空気が社会全体に漂っている。
 
子育て経験のあるはずの私でさえ、表には出さないが、昨晩のようなことを考えてしまうのだ。男性などは彼女たちの大変さを想像できるのだろうか。
 
職場の若い母親の同僚やアイさんを見ていて思う。
彼女たちは、無垢な子供と毎日接して愛情たっぷりのパワーをもらっているせいか、どこか前向きでピュアだ。
そして、人に頭を下げることの「痛み」を知っている。
たとえ自分の落ち度ではなくても、自分の愛する大事なもののために頭をさげることを知っているのだ。
 
週があけて、Sさんは復帰してきた。優しく丁寧に新人を教えるSさんは、新人たちから人気だ。彼女がきたことで何となく和やかな空気も戻ってきた。
 
私も、子育て中はいろいろ助けてもらってきた。そうだ、今度は私の番だ。順送りだものね。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2022-04-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事