メディアグランプリ

彰さんがくれたヒント


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:伊藤絵理子(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「蜘蛛は絶対に殺しちゃあいけん」
私が幼いころ、彰さんがよく言っていた。
彰さんは、私の父。25年前に他界した。
彰さんは若いころ文学を志していたが、原爆によって繰上がり長男となり家業を継ぐことになったと聞いている。
渋々家具商を継いだ彰さんだけに、私の記憶に残るその仕事っぷりはなかなか斬新だった。
ある日、小学校から帰って自宅兼店舗の扉を開けようとしたが、扉が開かない。中に入れないのだ。ガラス戸の向こうには、彰さんが家具にハタキをかけている姿が見える。その彰さんの横をインコがパタパタと飛んで通過し、婚礼ダンスの向こうに消えた。とても平和な光景だった。お店で飼っていたセキセイインコの散歩(放鳥)の時間だったらしい。子供心に、これはいいのか?商品大丈夫なのか?と思ったが、彰さんの店なので良いのだ。
またある日のこと、裏口から家に入ろうとしたら、扉が開きっぱなしになっていた。いつも閉めてあるのに変だなと思いながら足を踏み入れた途端、店にいる彰さんから怒号が飛んできた。「入っちゃいけん!」子供の私に声を荒げることなどめったになかった彰さんの怒鳴り声。困惑する私に母が説明してくれた。店の周辺に、どこかから逃げ出したシマリスが出没しており、放っておくと死んでしまうから捕獲してウチで飼おうと決めたらしい。なるほどよく見ると、扉の取っ手に紐がくくりつけてあり、入り口からは見えない場所に座る彰さんが紐の先を握っていた。リスを誘導するために外から点々と置かれたヒマワリの種と、リスが扉の内側に入ったことを確認するためのミラーまで、周到に準備されていた。私は彰さんに謝り、そっと自宅に入った。これ当然、お店営業中の話である。後日、計画通りリスを家の中に入れることには成功したものの、家の中でさんざん逃げ回られ、手を噛まれまくり、それはそれは大変な苦労をしてカゴに移す様子が脳裏に焼き付いている。彰さんは詰めが甘かった。
他にも、スズメのヒナを保護してみたり、ヤモリにみかんを与えてみたり、家具の配達に出かけたはずが迷い犬を連れて帰ってきていたり。どうも生きものを放っておけない人だったようだ。私が今、生きものや自然相手の仕事をしているのも彰さんの影響が大きいような気がしている。
小学校時代を思い出すとそんな微笑ましいエピソードだらけなのだが、思春期になると私の中で彰さんの株はどんどん下がっていく。彰さんとは高校卒業までの18年間を一緒に暮らした。読書家で、ビールと美味しいものが好きで、子どもには医歯薬系に行けと言い続けた教育パパだったが、本人がまじめに仕事をしていた印象はまるでない。母に苦労をかけ続けた困った父親というイメージが染みついていた。父が亡くなったとき母が泣いている姿を見て本気で驚いたものだ。あんなに苦労させられたのに、と。
 
後になって、今でいう医療ミスで心膜炎を患っていたことを聞いた。あの赤ら顔もお酒のせいではなく病気のせい。動かなかったのではなく動けなかった。誤解したまま会えなくなった。謝りたくても謝れないやつだ。悔やまれる。
母が亡くなる前に言っていた。「面白い人じゃったんよ」
母の口から聞く若い頃の彰さんの話は本当に面白かった。連続テレビドラマ小説になりそうな話を母が楽しそうに笑って話す。病床にあった母から聞けた話は多くはないが、母がお見合い結婚の相手が彰さんだったのは本当にラッキーだったんよと微笑んだのが忘れられない。本当に意外だった。
その後、彰さんが描いたヘタウマ小坊主の墨絵を偶然見つけたり、叔母が爆笑しながら話してくれた彰さんと母のお見合いエピソードを聞いたりするうちに、父親としての1面だけを見た、いわば平面上にあった彰さんのイメージが、カラフルな多面体になって迫ってきた。私の中で母に苦労をかけた酷い父親だった彰さんは、長い時を経て、母の良きパートナーに格上げされ、興味をそそる人認定されるに至った。現金なものだ。今や彰さんは一番話を聞きたい人になっている。
 
ふと思った。これ、仕事に活かせるんじゃないか?
 
環境NGOの仕事をしている中で、地域の自然環境の価値を、地元の方々が意外と認識していないという状況がよく見受けられる。地域の外から見て宝物だと思うものでも、地元の方々からすれば、いつもそこにあって、なくなっても別に何の影響もないという認識であったりする。もちろん地元の方々への情報発信はずっと取り組んできていることである。それでもなかなか浸透していかない。
 
ひょっとして、
伝える内容だけではなく、伝える側が発する雰囲気も大事なのでは?
彰さんの好感度が上がった理由は、エピソードの面白さもあるけれど、何よりも母や叔母が、心から楽しそうに話してくれて、彰さんのことが好きだということが伝わってきたからなのではないか。ならば、私たちが素直にポジティブな感情をもってお伝えすることが出来たら、心に届く情報発信になるかもしれない。
 
彰さん、どうかな。試してみるね。
いつか、彰さんが願う、みんなが生きものに優しい世界になりますように。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2022-04-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事