メディアグランプリ

再び「浦島太郎」になる


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:山口萬里(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
泳げない!
というと嘘になる。
では、泳げるかといえば、それも嘘になる。
少なくとも、他人の判断に頼らずに自意識で考えると、わたしは泳げない人間だ。
 
なぜこんな風にややこしい言い方をするのかといえば、プールの25メートルを人並みに息継ぎをして、泳ぎ切りたいという願望が消えないからだ。フリースタイルなり平泳ぎなりで、せめて一度は25メートル先の壁を攻略したい…。
 
プールの底を両手で掻いて、ノンブレスで25メートル先の壁の底に辿り着く。これなら早い時期から得意であった。まるでザリガニのように、泳ぐ人より早く壁をタッチできた。あるいはプカリと水に浮いて、体の両脇でひらひらと金魚のひれのように手の平を振り動かしながら、青空や天井を眺めてバタ足で進む。これも得意技だった。
 
水の広がりさえあれば、この方法でどこまでもどこまでもひらひらと泳いで行けるんじゃないかと想像していた。しかし、自分の中では、これらは泳ぎとは言えない。きちんとしたスタイルとフォームで呼吸をして、距離を考えずにどこまでも泳げる。それこそが泳ぎだよね。
 
 
子どものときから、マンツーマンで指導してもらう機会は何度もあった。成人してからはこっそり水泳教室に通って、それなりに泳げるように努力もした。プール通いを日課にしたこともあった。それでも、悠々と25メートル先をタッチする日はまだ来ない。どうやら、一生その日は来ないような算段になってきた。
 
 
そんなわたしではあるのだが、なにを隠そう、一度だけほぼ1キロメートル近くを泳ぎ切ったことがあるのだ。しかし、これは「自力で」とは言えないものかもしれない。なぜなら、「亀」に助けてもらったお陰だったからである。
 
 
小学1年生の学芸会で、わたしは浦島太郎役になり、子どもたちがいじめていた小亀を助けたことがあった。そのときの御礼だったのだろうか? 40年後の自分が、まさか亀に助けられるときが来るとは想像もしていなかった。物語の続きの人生ではないのだから。
 
 
実は、ハワイでひと月近くをのんびり過ごすという暮らしを、わたしは10年近くやっていたことがある。知り合いの米国人のSさんが、大陸からホノルルに移住するというので、その引っ越し手伝いを頼まれたのがきっかけであった。
 
最初の山の上のアパートから、Sさんが一年ごとに海辺に向かって引っ越すものだから、都度、応援に通ううちに、年に一度のお邪魔虫が定着したのである。最後のアパートが、ホノルルマラソンのスタート地点になるアラモアナビーチに決まると、もうそれより先は竜宮城しかないから、必然的に応援はなくなって、なぜか居候の習慣だけが残ったのだった。
 
アラモアナは目の前がビーチだ。およそ1キロメートルのコの字型の人口の砂浜で、波も静かだ。ワイキキほどの人混みもない。「泳げない」わたしは、浜辺に寝転がったり水浴び程度に海水に浸り、毎日水泳の真似事を楽しんでいた。
 
でも、やはりそうしたのどかすぎる日々は退屈になる。せっかくだから、この機会になんとか泳げるようにならないかしら、と頭の片隅で囁く声が聞こえるようになった。ビーチの東の端は、観光ハガキの名所として有名なマジック・アイランド。その付け根からビーチの西の端のケアロ湾の桟橋までは、ほぼ一直線の一キロ足らずの砂浜だ。波打ち際に沿って泳げば、いつでも脚は海底に着く。
 
 
そんな頭の中の計画を繰り返しながら、ある日、わたしはとうとう計画にチャレンジすることを決めた。「ひらひら泳ぎ」なら自信はあったのだが、海では波を被るからこれは適しない。やはり、ここは平泳ぎでチャレンジするしかないだろう。
 
砂を蹴ってスタートしたわたしは、とにかくマインドをコントロールした。急ぐな! 慌てるな! 落ち着いて! 同じ意味だけど、言葉を変えて自分自身に投げかけながら、ひと掻きひと掻き海水を捉えることに集中。
 
しかし、もともと「掻き手」と「蹴り足」のタイミングがわかっていない人だから、だんだん双方のタイミングがズレてきて、体は前進するより沈下していく感じ。
「慌てないで、手脚をしっかり伸ばして浮くんだ、浮くんだ!」
と、自らコーチ役も買って出て、沈みゆく身体を持ち上げる。頼りは海水の浮力だけだ。
 
途中、何度か波を被り、海水を飲んだ。それでも目標へ向かおうという気持ちは残っていた。だが、手脚の方は気持ちと裏腹に、ほとんど伸びない状態だ。砂浜の中間部に、ライフガードの赤い鉄塔がある。なんとかそこまでは行かなきゃ。
 
頭が朦朧とした状態で鉄塔を越えた。もうダメだ、ここまで! あきらめて脚を着いてしまおうと思ったとき、目の前に茶色の岩がぬうっと顔を出した。「岩場だ。手を乗せてちょっとだけ浮身で休憩しよう」と思って腕を伸ばした。
 
ところが、これは岩じゃないなかった。ウミガメの甲羅だったのだ。亀はまるで待っていたかのように、伸ばした腕の下にスーッと入ってきて体を支えてくれた。脚を海底に着くこともできたのだが、わたしは遠慮なく亀に腕を預けて、5分ほど浮身で呼吸を整えた。その間、亀は水中に潜りもせず、じっと浮いた状態で留まっていてくれたのである。
 
浦島太郎の学芸会を思い出したわたしは、
「ありがとう亀さん。君は40年経っても忘れないで恩返しに来てくれたんだね。ありがとう!さあ、もう一息頑張るから、君も自分のところに戻っていいよ」
言葉がテレパシーで伝わったのかどうか。亀は静かに潜水し、海の深みへと姿を消した。
同時に、わたしもゆっくりと手脚を伸ばして目標へ向かう。
 
 
ケアロ湾の桟橋の石垣にタッチしたときは、ほとんど意識が無くなりそうな気分だった。膝下ほどの水深の中で立ち上がろうとすると、体の重さに耐えられず、波打ち際の砂の上にそのまま倒れ込む。
 
しばらくそのまま横たわっていた。目に映る青空を、白い雲がしきりに流れて行く。なんとか海底に脚を着かずに辿り着いた、という想いが胸の中に沸々と湧いてきた。それにしても、あのタイミングでどうして亀に遭遇したんだろう?
 
誰にも知らせず、自分だけのチャレンジではあった。だけど、人はいつもどこかから誰かに見つめられていて、密かに救いの手を差し伸べてもらっているのではないだろうか? なにか天然の「大いなるものの目」に見守られていた心地がして、しばし横たわったままその感興に身を委ねていたのだった。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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