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あの時花魁だった私は、廓言葉で話さなかった


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記事:TANAKAYA HARU (ライティング・ゼミNEO)
※この記事は、フィクションです。
 
 
昼過ぎから、初冬の雨が音もなく降り続いていた。
 
花魁に、昔語りをせがんだのは、侍のほうだ。
この雨で、侍は廓で一晩を過ごすことを決め込んだ。そのため、時を気にせず花魁とゆっくり杯を交わし、しっぽりする腹づもりであった。しかし、花びらのように可憐な花魁の唇から漏れ出したのは、聞きなじんだ廓の言葉ではなかった。侍は、その粗暴な響きの言葉に、ひと時鼻白んだが、いつの間にか花魁の話しに引き込まれ、深く聞き入っていった。
 
 
「お前らは、親に売り飛ばされたんだ」
 
泣こうが喚こうが、子どもの足では、到底戻ることができないほど、生まれ育った郷から遠く離れた頃合いをみて、男はそう言った。ぬめねめと無駄に赤い唇から、黄色い歯が覗いて、広く開いた歯と歯のすき間が、男をさらに下品に見せた。
北の大地に陽の恵が届かない年に限って郷に現れた男のことを、大人たちは蔑みを込めて「ぜげん」と呼んでいた。一度、母親に「ぜげん」って何?と聞いてやったら、「大人の話を盗み聞きするもんじゃない」とこっぴどく頬をはたかれ、土間まで吹っ飛ばされたが、子どもはみんな知っていた。「ぜげん」が女衒だということを。さらに、女衒に子どもを売った「はした金」を手にしたところで、首をくくるのが一年か二年伸びるだけ、どの道、父親にも母親にも命の先が無いことを。
だから、その言葉を聞いたとき、「ふんっ」と、鼻で笑ってやった。男は私たちを縮み上がらせ、絶望で支配するつもりだったのだろうが、親に売られたことなど百も承知だったし、さらに、男が江戸までの道中、泊まる先々の旅籠で娘の一人を人身御供に差し出していることも、その標的が誰なのかもわかっていた。
各旅籠には、「月のものも始まっていない娘を抱かせてやる」と男に持ち掛けられ、嬉々として応じる羽振りの良い客が少なからずおり、その一晩の値段は、郷の親が手にする金子の何倍にもなった。
 
その夜、私は廊下側の障子に一番近い布団で寝るように言いつけられ、ついにその日が来たことを悟った。
夜中に、するすると障子の滑る音がして、真っ暗な闇の中を更に濃い影が忍び込んできた。部屋中が耳になり、物音ひとつ立てず、身じろぎもしないで、ことが終わるのを待っていた。
障子越しにも空が白み始め、一番端の布団で身体を丸くし縮こまっているのが、今回買い集めた娘の中で一番器量良しの「おキク」だとわかったときの、男の顔から血の気が引いていく様は見ものだったし、その目が、「どうしてお前じゃないのか」と私に雄弁に語ってきたのにも、胸のすく思いがした。「ざまあみろ」
 
だが、キクは、完全に壊れてしまった。
これは、私にも全く予想できなかった。壊れたキクは、行く先々の旅籠で、泊り客の誰かれ構わずシナを作り、みずから着物の裾を割るようになった。さすがの「女衒」も、これには閉口し、キクを極力人目につかせないように、隠すようになっていった。
私は、男がどうしてキクを放り出さないのかを訝しんだ。江戸までの道中もその先も、キクは足手まといになりこそすれ、男の役に立つとは到底思えなかった。廓で客の相手をすることはおろか、商家での奉公などはもってのほかに思えたからだ。一文の値打ちもないキクを、男は後生大事に、それこそ秘宝のように江戸へと運んだ。
私たちは愚かにも、「女衒」の中の良心の呵責が、そういった態度を取らせているのだと勘違いをし、また、キクを人身御供に差し出してしまった自分たちの罪の意識も手伝って、男がキクをなだめたりすかしたりするのを辛抱強く待ったり、時には、男を手伝って、キクの面倒を見たりもした。江戸に着くころには、キクはすっかりおとなしくなり、びいどろのような瞳には何一つ映り込まなくなっていた。
 
キクを連れていたため、私たちは、読んでいた日数から大きく遅れて、朱引を越え寺社奉行様のご領地へと入った。御府内とは言え、辺りはまだのどかな農村の風景だった。
 
御府内に入った最初の夜に、キクは姿を消した。私たちは、江戸に着いた安ど感から、いつもより深い眠りについており、キクが居なくなった物音に気が付かなかった。もちろん、男も同じように眠りこけていたと証言した。
そして次の朝、旅籠の前の畑で、キクは辻斬りに会って、返らぬ姿で発見された。
袈裟懸けに大人の肩から腰に掛けて振り下ろされた刀は、七つのキクの背丈では、丁度首の高さにあたり、頭と胴体が斜めに真っ二つに切り裂かれていた。カラスや獣に食い荒らされたキクを、私たちは、ぼんやりと眺めたが、不思議と恐ろしいとは感じなかった。
亡骸を処理するために集められた役人や農夫は、「やれやれ、またか」といった顔をした。そして、五つや六つのわらべが、理解できるとは思わなかったのだろう。私たちの前で口を滑らせた。
「奉行の所持する刀は数年に一度生き血を求める」
これこそが、男がキクを江戸まで運んできた理由だったのだ。
キクの血は、「妖刀の喉」と「女衒の懐」を潤したという訳だ。
 
 
花魁がここまで話を進めた時、侍は急に腰を浮かせ、帰り支度を始めた。
いつの間に雨から雪へと変わった夜道を、父の形見の「村正」の妖しい輝きを思い浮かべながら、奉行屋敷へと急ぐ侍の姿があった。
若い女の生き血は、明朝の雪景色によく映える。
 
 
残された花魁は、禿が差し出す煙草盆に「カツン」と長煙管の灰を落とした。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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