ホットサン道は死ぬことと見つけたり
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:細井岳(ライティング・ゼミ東京会場)
私のなかには鬼が棲んでいる。
人生をはじめた頃、その存在に全く気付いておりませんでした。私が自身の中にその鬼を認めたのは、言葉をつかえるようになりだしたくらいの時でした。自ら発見したと言うより、周りの人間に言われて気付いたように思います。「この子は天邪鬼よ」と。
水が高いところから低いところへと流れるのと同じで、人に言われたことの逆の言動をとるというのは私にとってごくごく自然なことなのした。そのような訳でして、この鬼のせいで私は実に摩擦の多い人生を歩んで参りました。この時も……
その当時私は古本屋に勤めていました。店頭で1冊の本が妙に目に留まり、家に連れて帰ることにしました。帰宅して本を開くとこう書いてありました。「ホットサンドにすれば何でも美味しい!!」と。 ホットサンドのレシピ本なので当然です。が、しかし、この一言を見るや否や、
「そんな訳はない不味いもんだってあるはずだ! 俺は断然不味いホットサンドをつくる!!」
あの鬼が激しく反応したのでした。いきなり。私になんのことわりもなく。
それまで私がつくるホットサンドと言えば「ハムとチーズとトマトケチャップ」のド定番一択でした。数秒前まではこのレシピ本でもって、自らの凝り固まったホットサンド観を粉砕し、一新していくつもりだったのです。一瞬で逆サイドへと向かうとは、まったく鬼の所業とは人智を超えています。故に鬼と呼ばれるのでしょうけれど。ともかく、こうして私は「不味いホットサンドの研究」を始めることになりました。
いざ研究を始めてみると私は何が不味いのかがわからないことに気付きました。そもそも不味いとは何かも知らなかったのです。考えてみるに不味さとは偶然に出会うものであり、自ら出会いに行くものではないのです。それに世間に出回っている食材・料理は美味しいものです。不味いというのもなかなか難しい。そこで手に入れたレシピ本に載っている具材以外を挟むことにしました。
ミカンをホットサンドにしてみました。
熱せられた果汁が食パンにしみこんで得も言われぬ不味さでした。
サンマのかば焼き缶詰をホットサンドにしてみました。
食パンと食パンの間という密閉空間にサンマ特有の生臭さが閉じ込められていました。熱せられることでその臭さは濃縮され凝縮され、不味いのでした。
白飯と海苔の佃煮もホットサンドにしてみました。
不勉強ながら、それまでパンとご飯を一緒に食べたことがありませんでしたが、双方まったく相容れぬという感じで不味かったです。
このように不味さと向き合った結果、不味さとは何かがハッキリしてきました。不味さとは吐き気です。一刻も早く吐き出したい、それ以上噛みたくないし、呑み込みたくない。でも食べ物は大切にしなければなりません。吐き出してはいけないのです。そんな進むも地獄、退くも地獄という状況、それが私にとっての不味さとなりました。
研究は日々着々と成果をあげていき、不味いホットサンドレシピが積みあがっていきました。成果をInstagramなどにあげて世間に公表していたのですが、研究テーマ自体がマズいということもあり、ほぼ誰にも相手にされませんでした。しかし、自分は身を挺して人類の食文化に寄与するのだというナゾの使命感が私を前進させたのでした。
そんなある日、いつも通り食パンに具材をのせ、ホットサンドメーカーで挟んで焼いてみたところ、そのホットサンドはなんとも美味しかったのです。その具材とは果汁グミでした。これも不勉強ながら、それまで知らなかったのですが、果汁グミは熱するとジャムになるのです。それも弾力を保持したままのなんとも言えない面白い食感のジャムです。これは実際につくって食べてもらわないと伝わらない美味しさなのが残念です。
不味いホットサンドを求めているので、美味しいというのは失敗です。しかし、この失敗は衝撃的でして、私にある気付きをもたらしました。今、私たちが当たり前に美味しいとしている料理や食材、その地下には膨大な不味さという屍が眠っているのだろうということです。 料理において不味さとは死。しかし、 その死地に飛び込んだからこそ見えてくるものがある、という事を知ったのです。果汁グミを挟むなんて発想は美味しさを求めていたら生まれなかったはずで、つまり不味さを求めたが故に出会えた具材でした。だから、私はこう言いたい。
「ホットサン道とは死ぬことと見つけたり」と。
これは料理に限らず人生においても言えることかもしれません。手にしたいものがあるならば、まずそれを諦めてみる。真逆から始めてみる。そうすると意外な時に、意外なところで手に出来る……かもしれない。
***
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