消えゆく街並み、残る記憶
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記事:工藤洋子(ライティング・ゼミNEO)
福岡の都心・天神の街を久しぶりにおひとり様で歩き回っていると、だんだん涙がこみ上げてきた。
「ああ、なくなっちゃう……」
私は高校まで福岡で育った。その後進学や仕事で大阪や広島、東京と移り住み、今は結婚して大分に住んでいる。子どもの頃から親しんだ街並みが大人になるほどの時間が経てば変わるのは当然とはいえ、今の天神は特にそれが加速している。「天神ビッグバン」というらしい。都心の再開発プロジェクトだ。あれもない、これもなくなった、と私と母の思い出がどんどん消えていってしまうような感じがして、私はとっても悲しくなった。
だって母はもう16年も前に亡くなってしまったから。
子どもの頃から母に連れられてよく天神へ出かけた。母は出かけるのが大好きで、私が小学校に上がるか上がらないような頃には母に連れられてバスに乗った車窓の記憶がうっすら残っている。いや、もしかしたらそれは後日の回想で補強された記憶かもしれないけど、その頃住んでいた最寄りのバス停の情景とともに脳裏にはっきりと存在している。
私は一人っ子の一人娘で基本的に母にべったりな子どもだったらしい。自分でもそういう自覚はある。思い起こせば母に受けた影響は今の私の人生を包み込んでいるようだ。
母は映画が大好きだった。高校生までは映画館に行ってはいけない、という校則があったものだから、卒業式のその日に制服のまま映画館に行ってやったのだと誇らしげに語っていたのを思い出す。卒業しても3月31日までは校則適用じゃないかと私は思ったのだが、とにかくそれぐらい映画が好きだったようだ。私が映画館で騒いだりしない程度に大きくなった頃から連れて行っていたらしい。もちろん、東映マンガ祭りとかじゃなくて、バリバリのミステリーとか、ハリウッド映画などだ。
そんな洋画好きな母はことあるごとに私にこう言っていた。
「これからは英語ができるといいわよ」
「英語を使う仕事をするわよね?」
その結果、私は英語を専門とする通訳という職業についている。母による刷り込みか、はたまた呪いなのか、中学生のころには「将来は通訳者になる!」と決めていた気がする。プロとして活動できるようになるまではそこそこの苦労も挫折もあったのだが、潜在意識に刷り込まれた母の言葉のおかげで諦めることなく今に至っている。なんだかんだでやっぱり母のおかげだ。
他にも母は食べることがとても好きだった。
作るのも大好きで、よく「きょうの料理」や「3分クッキング」を見ながら自分のレシピノートにメモを取ってた。母のおやつと言えばやはりマドレーヌ。小学校のPTA役員や地区のこども会の世話人など色々やってたから、やれバザーだ、イベントだ、という時にはマドレーヌ100個ぐらい焼いて持って行ってたものだった。
そのうちに作るのはすっかり私の役目になって、母が友人の家に遊びに行くときなど、
「明日、紅茶のパウンドケーキ、1本ね!」
とよく注文されていたものだ。私がその後お菓子作りが趣味になって学校の遠足のたびに手作りスイーツをおやつに持ち込んで友人に配ったり、結婚後はスイーツでマルシェに出店までするようになったのは間違いなく母の影響だろう。
母はもちろん外で食べ歩くのも大好きで、私もよく連れて行ってもらった。例えば天神地下街にあるケーキ店「赤い風船」のスフレチーズケーキ、子どもの頃よく行ったなぁ。天神ビブレの地下にあった喫茶店「紅茶貴族」でホットサンドセットもよく食べた。生クリームが嫌いな私は上にのってる生クリームをミントごと母のプレートに移していたなんてこともあった。
そんな思い出の場所がどんどんなくなっていく。
「赤い風船」の天神地下街店はもう何年も前に閉店してしまったらしい。店舗の位置が地下街のかなり北の方だったから、どんどん南へ向けて発展していった天神地区の中では場所的に生き残りが難しかったのだろうか?
そもそも天神地下街も地下鉄の七隈線が開通したときに延長されている。その切れ目が大丸百貨店の入り口あたりなのだけど、その部分を通るときはいつも「ドキッ」としていた。開業時には新しもの好きだからいそいそと見に行ったくせになぜそこで「ドキッ」するのか……それはきっと母の知らない天神地下街と昔からある天神地下街の境目だから、だったのではないだろうか?息子が小さい頃は一緒に私の育った街を歩いて見せるのだけが楽しかったけど、自分ひとりで歩いてみると、少しずつ悲しい気持ちが澱のように心に溜まっていた、そんな感じがする。
そこで今回の「天神ビッグバン」が始まってしまった。ホットサンドを食べた懐かしの天神ビブレは上にあったジュンク堂書店ごと消え去り、その手前にあった天神コア、福ビルまですっかり解体されている。
天神コアはファッションビルなのに6Fだけはワンフロア紀伊國屋書店だったから、そこで母には何冊本を買ってもらったことだろう。福ビルの1Fにあった文具店「とうじ」で一緒によく筆記用具をのぞいたりもした。母は筆記用具には一家言のある人だったから、書きやすい紙、握りやすいペンにはこだわりがあったものね。ああ、今デジタルの時代でもApple Pencilと万年筆を併用する私は、ここでも母にたっぷり影響を受けているのだ!
母が亡くなったときは息子がお腹にいたから、その時もそしてそれからしばらくも実は自分はしっかりと悲しみきれてなかったのではないだろうか。それが今、思い出の詰まった天神が変貌していくのを見て記憶のあちこちから吹き出してきてる感じがする。今度また天神へ行くときは平静でいられるだろうか。新しいビルが建てば忘れるだろうか。でもそれでも私の心の中にある「母と歩いた天神」は消えずに残るんだろう、私がこの世からいなくなる時までは、きっと。
***
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