fbpx
メディアグランプリ

カラスの親心


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:鈴木 千弥(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
ある日参加した飲み会で、一人遅れて来た人がいた。彼、N氏は遅れた理由として、自分の頭を指さしてこう言った。
「いやー、ここに来る途中でカラスに襲われてさ」
N氏の坊主頭に、見事な三筋の赤い傷がついていた。傷は一本が5㎝位の長さで、血が滲んでいるせいか太さは1㎝位に見えた。彼が言うには、歩いていたらいきなり攻撃を受けたとの事だった。恐らく近くに巣があって、カラスの親が子を守るために攻撃して来たらしい。
皆で彼を慰めつつ、彼の盃に酒を注ぐ。傷は赤々としていて痛そうだ。傷を眺めながら、私は話には聞いていたが、本当にカラスが人を攻撃するのだなあ、と思っていた。まさかその後、自分がその攻撃の対象になるはめになるとは思ってもみなかった。
 
その一年後、なんと自分のアパートのベランダの正面に、カラスの巣が出来たのだ。
アパートのベランダの正面には大家さんの家の大きな庭が広がっていて、高い木が何本も生えていた。ちょうどベランダの正面にある木は、毎年カラスの巣が出来かかっては、雨が降って巣が台無しになったり、大家さんが木の枝葉を撤去するなどしたため、今まで巣が完成することはなかったのだが、今年はとうとう完成したようだった。
巣の土台は人間の家から盗って来た、カラフルな針金ハンガーで固められており、巣は木の頂上にしっかりと出来上がっていた。日当たりの良い、優良物件だ。そして親鳥がひっきりなしに巣の周りを旋回していた。巣とベランダの間は15m以上あったこともあり、私は一年前にカラスに攻撃されたN氏のことをすっかり忘れていた。
しかも、ああ今年は巣ができたのだな、雛も孵ったみたいで良かったね、カラスさん、などと呑気に思っていたのだ。
だがそんな呑気な私をよそに、カラスは着実に我が家を敵認定していた。そして標的は夫に定められていった。我が家は家事が分担制で、夫は洗濯全般が担当となっている。そのため洗濯物干しは毎日夫が行っており、ベランダには毎日立ってカラスに毎日姿を見せざるを得ない立場だったからだ。
毎日巣の前に姿を見せ、カラスに怯える素振りもしない夫の様子に、カラスは敵愾心を持ったようだった。
カラスは夫に圧力をかけ始めた。
夫が洗濯物をベランダで干していると、いきなりカラスが夫のいる場所から2mほど先のベランダの手すりにとまった。金属製のベランダの手すりは、カラスがとまったため大きな音を立てたが、夫は気にせずに洗濯物干しを継続した。
その後、洗濯物を干すたびに近くをカラスが何度も飛行するようなことが起こるが、夫はカラスの様子を見ながら洗濯物を干すという技を身につけて対抗する。
この圧力の話を夫から聞かされ、私はようやくN氏と傷の話を思い出した。直接の攻撃はまだ受けていないが、これらの圧力はカラスからの警告なのだ。
カラスのように硬くて大きいクチバシを持たない人間は、対抗手段として道具と情報伝達手段を手に入れ、霊長類の頂点に君臨した。負けるわけにはいかない。夫はスマホでカラス対策を検索し、攻撃に備えることにした。
その後すぐに夫はカラスから朝晩の徹底マークを受け始めた。家から外に出ると、必ずカラスが待ち受けているのだ。朝、新聞を外のポストに取りに行くと、もうカラスが待ち受けている。そのため自衛として、夫は野球観戦で観戦特典として配られたプラスチック製の野球ヘルメットをかぶっていく。後ろを見せると攻撃されるかもしれないからだ。そして会社に行くために夫がアパートを出ると、もちろん待ち受けていて、かなり家から離れている最寄り駅の近くまで夫を追っていく。どんな忠犬も顔負けである。
夕方も夫が帰ると、アパートの共同玄関の上にとまって夫を待ち受けている。夫はカラスと目を合わせながら共同玄関のカギを操作してドアを開け、後をカラスに見せないように安全な共同玄関内に入るようにしていた。カラスと知恵と気迫の勝負だ。
しかしこれは暮らしにくい。ただ元々カラス問題とは別の事情があって引っ越しを予定しており、あと一ヶ月の辛抱だからと諦めることにした。そのうち雛も巣立って、親鳥もいなくなるだろうと思っていたからだ。
そんなある日、事件は起こった。
夫と二人で買い物をし、アパートに戻って来た時だ。アパートの前の低い植木に小さめのカラスがとまっていた。気づいた私が、
「あ、カラス」
指さして夫に教えた瞬間、二羽のカラスが素早く飛んで来たのだ。バサバサッという羽音とカアカアという大きい鳴き声。あ、これはヤバいヤツだ!
頭を守り、共同玄関の側に私は逃げた。夫は? と振り返ると、共同玄関とは反対の方に逃げており、二羽のカラスから攻撃を受けていた。私を追うカラスはおらず、まったくのノーマークである。
夫は必死に手に持ったコンビニの袋を振り回しながら抵抗し、遠回りをしてアパートの共同玄関に戻って来て、私が開けた玄関のドアに滑り込んだ。カラスはまだ騒いでいる。急いで自分達の部屋に戻り、ホッと息を吐く。見たところ夫に怪我はないので安心したが、
「なんで俺の方だけに攻撃してくるんだよ……」
夫はブツブツ文句を言っている。子供のカラスを見つけて指さしたのは私であるのに、攻撃を受けたのが自分だけなのが不満らしかった。カラスにとって、敵は夫のみ。何があっても、夫がやったことだと思われてしまうようだった。
その後、不動産屋経由で大家にカラス問題を抗議し、退去時には不動産屋経由で、大家さんが謝っていたと連絡を受けた。どうやらカラスが巣を作った木は、大家さんがカラスの巣にならないように伐採をしていたのだが、今年に限って伐採を怠り、巣が作られてしまったようだった。こんな事があったので、もう大家さんは伐採を怠ることはないだろう。
カラスに敵認定されたら、子育て期間が終わるまで耐えるか、引っ越しをするしか対応策はなさそうだ。ただ子育て期間が終わってから敵認定が解除されるかについては検証できてはいない(検証する気もないが)。とにかく我が家にとっては忘れられない出来事になった。
 
そして引っ越しをし、しばらく経ったある日、夫がボソッと告白した。
「カラスってさあ、生ごみ臭がするんだよ。攻撃された時、バサバサッと音がした途端、ブワッと生ごみ臭が吹き付けられて、もう……」
その後の言葉は言わなくていいよ、夫よ。攻撃を一身に受けて大変だったよね……。
数年経過した今でも、夫はカラスを見ると顔をしかめ、カラスめ、とつぶやく。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:10:00~20:00
TEL:029-897-3325



2022-05-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事