メディアグランプリ

息子に与えられた試練


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記事:紗矢香(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「お母さんの食べたものが全部、赤ちゃんの体に影響します」
 
判明したのは、生後五ヶ月のときだった。
息子の顔は真っ赤になり、掻きむしったせいで目の周りやほっぺたが傷だらけだ。
ひっかき防止用のミトンを両手にはめる。いつの間にか外れる。また小さな手にはめなおす。その繰り返し……。目が離せなかった。
 
食物アレルギーだった。卵、牛乳、小麦、米……。血液検査の結果、あらゆるものに反応していた。
息子は母乳しか飲んでいない。したがって、母親の私が食べたものが全て体に影響しているのだ。
 
「母乳を飲ませている間は、数値の高い卵と牛乳を、お母さんも食べることをやめてください」
 
アレルギー専門の小児科で、先生にそう告げられた。
私には食物アレルギーはなかった。妊娠中も関係なく、ケーキや卵焼き、ヨーグルトをバクバク食べていた。気を付けていれば……。悔やまれた。
 
それからはスーパーに買い物に行く時は、まずは商品をひっくり返し、成分表を見ることが日課になった。卵、牛乳が成分に含まれている商品は、すべて食べてはいけないのだ。
 
一見、卵や牛乳だとわからない成分もある。卵殻カルシウム、乳糖など。今でこそ、「卵・小麦・乳を使用しておりません」という商品をよくみかけるようになったが、当時はまだ少なかった。目を皿のように一つ一つ確認して、買い物カゴに入れていた。
 
大好きなパンはもちろん、ケーキ、乳製品、すべて食べられないのは辛かった。
だが卵と乳製品を辞めると、息子の皮膚はおもちのような肌に戻り、ミトンとも卒業した。
 
3か月ほど卵と牛乳を食べない生活を続けたが、さすがにギブアップ……。母乳は卒乳し、アレルギー用の粉ミルクに切り替え、離乳食と併用することにした。
 
息子は、アレルギーと関係のないものはなんでもよく食べた。ブロッコリー、大根、いも。手づかみでぱくぱく食べる。びっくりするくらい豪華な食べっぷりだ。それが救いだった。
 
年齢が上がってくると、定期的に病院で、食物経口負荷試験を試した。
食物経口負荷試験とは、アレルギーが疑われる食物を実際に食べて観察するものだ。
 
病院に固ゆでのゆで卵を持っていき、少しずつ食べさせて反応を見る。
口の周りが腫れ始めるとストップがかかる。病院でゆで卵を食べるということ自体、異様な光景だか、しょうがない。息子もいやいやながらも、頑張って食べた。
だが、食べた先から唇がかゆくなる。卵が食べられるようになるには、まだまだ時間がかかるようだった。
 
小学校に上がる頃には卵以外は数値が下がり、牛乳が飲めるようになった。
給食が始まると、アレルギーのある子は毎年診断書の提出が必要になる。
今度は、毎月の「給食のこんだて」の成分表とにらめっこだ。
 
現在はアナフィラキシーショックの問題があり、食物アレルギーのある子供は、家からお弁当を持参しないといけない方針に代わっている。当時はまだ除去をしてくれていた。つまり、卵を除いた給食を出してくれていたのだ。炒り豆腐なら玉子を抜いたもの。ケーキならゼリーに代替え。チラシ寿司なら玉子を入れる前の状態で。仕事をしている親としては、大変助かっていた。
 
だが、みんなと違うものを食べないといけない。それが息子にはストレスだったようだ。
子供は残酷だ。違うものを食べている人が、気になってしょうがない。
好奇の目でジロジロ見られ、「なんでそんなの食べてるの?」「それなあに?」
と毎回話しかけられるのだ。息子はそっとしておいてほしかったのだ。
息子は、代替品を食べないと言い出した。
 
「僕はいつになったらみんなと一緒のものが食べられるようになるのかなあ」
 
息子は悲しそうな顔でそう言った。
私は言葉が出なかった。いつ食べられるようになるか、今の時点ではわからなかった。
ごめんね。ママのせいで。代わってあげられるものなら代わってあげたかった。
 
中学校に上がると、卵の数値は改善した。生卵と半熟卵以外は食べられるようになった。
ただ、他の食物アレルギーが出始めた。りんご、メロン、ナッツ類……。
今まで好きだった食べ物が食べられなくなってきたのだ。
花粉症やアトピーの症状も出始めたので、それとの関係性もあるかもしれない。
 
けれど息子の表情は明るかった。
卵の数値が改善したことが大きいようだ。
りんごやメロンは、給食には出ない。ナッツ類も今はほぼ出ない。
みんなと同じものが食べられるのだ!
息子は給食の時間が大好きになり、中学校3年間、給食委員を務めた。
 
「みんな、好き嫌いが多くて残すんよ。もったいないよな」
 
「俺、牛乳はそんなにたくさんは飲めないけれど、他の物は全部おかわりするよ」
 
食物アレルギーがある子にしかわからない、なんでも食べられることのありがたさ。
息子は、身をもって経験したのだ。
 
小学生の時に、一回だけつぶやいた弱音。
 
それが本音であろう。我慢はたくさんしたのだろう。
それでも食べられないことに悲観して泣いて困らせるということは、一度もしなかった。
息子は自分の現状を受け止められる強い心を持っていた。
人の痛みのわかる人間になっていた。
息子には乗り越えられる試練だったのだ。
 
今でも生卵や半熟卵はまだ食べられない。また新たに食べられないものが増えるかもしれない。
けれども息子は、食べることが大好きだ。
18歳になった今、当時の事をふと聞いてみた。
 
「そんな昔のこと忘れたわ」
 
息子は、照れたような顔で笑った。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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