女性らしさを取りもどすまで
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:小川直美(ライティングゼミ・平日コース)
3歳のころの話だ。
保育園の運動会は、ハレの舞台。
遠足だって特別だけど、お母さんたちが見に来る運動会はもっと特別。
私たちのお遊戯は、結婚式がモチーフだった。
女の子は、あたまにティアラをつけて一列に並ぶ。
男の子たちは、蝶ネクタイをして反対側に一列に並んでいる。男の子の前には手押し車。
スタートの合図があったら、男の子は手押し車を押して、女の子のいる場所まで一直線に走る。ペアの女の子を手押し車に乗せたら、元の場所まで走って、ゴール。
今ならツッコミどころ満載で、多方面から問題提起されそうな内容だけど、昭和はそれを誰が疑うこともない、そんな時代の空気だった。
ペアは背の順で決められていて、わたしの相手は当時好きな男の子だった。
足が速い子だったから、ゴールするのも一番。
練習の時から、照れくさいけど誇らしくて、何よりうれしかったのを覚えている。
いよいよ本番の日。
お母さんも仕事を調整して、見に来ている。わくわく。
先生が作ってくれたお花のついたティアラを頭にかぶって、いよいよ入場。どきどき。
「今日、なおちゃんのペアは、やっちゃんね」先生はそういった。
やっちゃんはクラスでも一番体の小さい男の子だった。
好きな男の子じゃなくなってちょっと残念だけど、それどころじゃない。
お母さんに、練習の成果を見せるときなのだから!
よーい、どん。
やっちゃんが走ってくる。
体が小さい分、他の子より少し遅れてる。
はやくはやく!
手押し車に乗り込む。
女の子を乗せて周りの車はどんどんスタートするけど、私たちの車は動かない。
がんばって! と振返って声をかける。やっちゃんは力をこめているけど、少しも動かない。
焦る。会場の目線が私たちに集まっているのを感じる。
私たち以外の全員がゴールしたころ、先生が駆け寄ってきた。
「やっちゃんを乗せて、なおちゃんが押して!」
そうだ! 今はその方法しかない!
花婿姿のやっちゃんを乗せた車を、花嫁姿のわたしは懸命に押した。
一生懸命なわたしに反して、会場のお父さんお母さんからは笑い声が起こっていた。
そして、私たちはゴールした。
この時に起きたこと、そして自分が感じたことを表現する言葉を、3歳のわたしは持っていなかった。
うれしい、楽しい、おいしい、悲しい、いたい、いやだ……
いつも使っている言葉では、言い表せない何かが残っていた。
泣くこともできなかった。
気弱な亭主と気の強そうな女房の、かかあ天下な夫婦。
どうも、そんなふうにオチがついたことを笑っているみたい。
うっすらとだけどそう理解できたのは、毎週見ていたドリフのおかげだろう。
このことは未消化のまま、過ぎていく毎日のたくさんの出来事の下に隠れていった。
男の子っぽい、女の子。
ショートヘアで快活な私はそう言われることが多かった。
昭和の、そんな雑で単純なレッテルを、私と私でないものを区別するためのアイデンティティのように解釈して、その通りに真面目に生きていくこととなった。
それは誰のせいでもない、自分がした選択だった。
ある場面では私を助け、そして、長らく私を苦しめることになった。
男だったらよかった。女性らしくない。女子力が足りない。
人から言われたこともあるし、わたしらしさと自分で判断したこともあった。
何かが変だ。
30歳を過ぎて、生きづらさの原因がどう考えても自分の中にあると認めざるを得なくなり、自分の過去を一つひとつさかのぼっていったときに突き当たったのが、冒頭の3歳の体験だった。
端的に言うと、あの日、わたしとやっちゃんは、信頼していた先生たちにはめられたのだった。
こういう演出をしたい。もし相談してくれていたら、応じたと思う。
でも、先生たちがそうしようと思うには私たちは幼すぎた。
結果的に、自分の意思とは関係なくオチに使われた。
あの日のわたしは、尊厳を雑に扱われ、傷ついたのだった。
30年以上かかって頭と心を整理できたとき、未消化だった出来事に片が付いた。
そして、そのころの記憶が芋づる式によみがえってきた。
5人戦隊のピンクにはどうしてもなりたくなくて、黄色を選んでいたこと。
両親に、かわいいじゃなくて、かっこいいって言ってほしいってお願いしていたこと。
男性の庇護の対象になる、かよわい女性像に違和感があった。
もっと、対等な関係がいい。
守られるんじゃなくて、自分で自分を守りたいし、時には人を助けたい。
当時は表現できなかったけど、そう思っていたんだった。
私が思う女性らしさは、ピンクというよりは黄色。
陽だまりみたいに明るくあたたかく、周りを照らす。
あらゆるものを育む、力強くてやさしい、太陽の光。
そんな女性らしさがあったっていいし、そうなりたい。
深く潜っていた遠い記憶がよみがえった時、性別やその人らしさ、もっと自由な生き方が受けいれられる時代に変わっていた。
水色や黄緑色のような女性らしさも、白や桜色の男性らしさだってあるだろう。
色だけじゃなくて、木や水、風に例えらる女性らしさ、男性らしさもきっと受けいれてくれる。
性別によらない、その人らしさをもっと自由に表現していいし、誰もそれを笑わない。
難しいことやままならないこともあるけど、世界はやっぱり良くなっている。
そう思う。
***
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