酔っ払いのおっさんから教えてもらった大切なこと
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記事:nonchan(ライティング・ゼミ4月コース)
はあ、はあ、はあ……。
夜の飲み屋街をサラリーマンが走っていく。そのサラリーマンは私だ。重たいカバンを背負いながら、ただひたすら走る。時間は夜の10時。飲み屋が閉まる時間だ。まだ空いている店はないか。電話じゃもう間に合わない。直接店に入って確かめるしかない。
「すみません。当店はもうラストオーダーの時間が過ぎてしまいまして」
もう何度聞いたかわからない店員さんのこの言葉。
次第に自分の運の悪さにイライラする。
なんでこんなことになったんだ。
なんで夜の飲み屋街で走り回っているのだろうか。
それは、1通のLINEがきっかけだった。
「仕事終わった?」
仕事を早く終えた会社の同僚からLINEが届いた。
「仕事終わりましたよ。もしかして飲みですか? 場所はどこですか?」
「野球場の近く。女の子呼んでおいて。時間は21時開始で」
いやいやいや。いくらなんでも急すぎる。今から飲み会を誘ったら来てくれる、そんな寛大な女子はいるのかね?
そう思いながらも、とっさに会社に残って仕事をしている女性陣を思い出す。あの子たちならノリがいいし、誘えば来てくれるかもしれない。とにかくLINEを送ってみるが、案の定、結果は惨敗。
そりゃそうだ。
急すぎるし、何より会場の場所は会社から離れ過ぎでいる。野球場に行く道中、電話がかかってきた。また会社の同僚だ。
「女の子、くる?」
第一声がこれだった。野球の応援歌が混ざっていて、声が聞き取りにくい。
「いや、誘ったんですけど都合が悪くて」
どうやら同僚は飲んでいるらしい。しかも相当酔っ払っている。人を急に飲みに誘っておいて、急に女の子を呼べ、だなんて言ってきて。
「無理ならしょうがない。みんな今忙しいしね。あ、ついでに○○○○パブ行きたいから」
完全に酔っ払っている。無理難題を吹っかけてくるこの同僚。いつもは仕事を早くこなすやつだけど、もはやただの酔っ払いのおっさんと化していた。野球場の最寄り駅についた私は、早速店を探してみる。酔っ払いご所望のパブなんてどこにもない。また電話がなる。
「近場にパブないんで、××駅まで移動していいですか?」
「移動したくねーよ」
なんか気性が荒い。何かあったのだろうか?
「私、球場に向かいましょうか?」
「こっちまで来なくていいよ。店探しておいて」
今度は飲み屋を探す。目星がついて予約しようとした矢先、また電話がなる。
「こっちきて」
なんなんだこの酔っ払いは、人使いが荒い。と、思いつつ私は球場に向かった。球場に向かったら、酔っ払いのおっさん2人が待ち構えていた。かなり機嫌が悪そうだ。話を聞くに、前の席にいた酔っ払いが絡んできて、一悶着起きかけたらしい。
「××ちゃん呼んでないじゃん。LINEで連絡取りなよ」
そう言いながら酔っ払いは私のスマホを取り上げて、華麗な指さばきでLINEを打つ。すると、どうだろう。連絡先の女の子から電話がきて、早速こっちにきてくれるそうだ。なんだかんだすごいぞ、このおっさん。しかし、その後はひたすら説教だった。
なんで女の子いないの?
連れてきてって言ったでしょ?
なんで○○○○パブないの?
女の子がもうすぐ来るのに。早くお店を決めないといけないのに。執拗に話しかけてきてくる。正直、邪魔だ。ああ、そうこうしているうちに誘った子が来てしまったじゃないか。急に呼び出してすみません、お店がまだ決まってないのに呼んでしまってすみません。私は心の中で彼女に詫びながら店を探した。
走り回って店を探して、どこも店が空いてなくて、そんな時にキャッチのお兄さんに声をかけられた。店が空いているならどこでもいい。もはや、安っぽい居酒屋が砂漠の中のオアシスのように見える。酔っ払い2人と女の子と一緒に店に入ったら、そこはひどい店だった。1時間しか居れないのに、飲み物は2杯以上、一人2品以上頼まないといけない。ぼったくりにも程がある。正直げんなりする。
その日は、酔っ払いのおっさんに振り回された散々な一日だった。
けれども、本当にそうだろうか?
野球場に移動する間、お店を予約していたら?
常日頃から会社の女性陣と仲良くしていたら?
○○○○パブに行きたい、だなんて無理難題を吹っかけたとき、相手が納得する代案を出していたら?
野球場まで来なくていいと言われても、自分から向かっていたら?
きっと、私も酔っ払い同僚もこんな目に遭わなかったかもしれない。相手に言われたからと言って嫌々やるんじゃなくて、どうしたら自分も相手も楽しい時間を過ごすことができるか。楽しく楽に時間を過ごすために、受け身でなく自分から主体的に行動する。飲み会を誘われた時、あらかじめ準備しておけば、違った結果になったかもしれない。
相手に楽しい時間を過ごしてもらいたい。
それが、おもてなし。
私にはその気持ちが足りなかったのではなかろうか。踏んだり蹴ったりな夜になったのは、私におもてなしの気持ちが足りなかったからか。同僚や女の子が楽しむために、準備しておく。それは、相手をもてなすためだけでなく、自分が辛い思いをしないようにするためでもある。相手も自分も楽しい時間を過ごすために主体的に動く。そんなウィンウィンな状態がおもてなしかもしれない。
私を呼び出した酔っ払いのおっさんは、おもてなしの大切さを教えてくれた。それはまるで料理の下準備のごとく、料理を食べる相手を思いやり、料理する自分も楽にする、とても大事な一工夫。面倒な時間を楽しい時間に変えてしまう、秘密の魔法。それがおもてなし。おもてなしがあるとないとで、時間の過ごし方がまるで変わる。そんなことを教えてくれた夜だった。
最後に。
私は終電を逃してしまい、安いホテルで一夜を明かした。酔っ払いのおっさんは、終電にこそ乗れたものの寝過ごしてしまい、自宅まで歩いて帰った。歩いた時間は1時間。
お互い相手におもてなしをしなかったが故の、踏んだり蹴ったりな一晩だった。
***
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