メディアグランプリ

子育て暗黒時代を救ったのは逆転の発想だった


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記事:村田あゆみ(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
ほんわかとやわらかい陽の光に包まれて、産まれたばかりの赤ちゃんを穏やかなほほえみを浮かべて抱く母。
 
いわさきちひろの絵本に出てきそうな母子のイメージは、長いこと私の憧れであると同時に脅威でもあった。
母性のかけらも出てこないんじゃないか。
本当に子育てなんてできるのだろうか。
仕事が楽しくて子どもを授かることを先送りにし続けてきた自分に、「母」という言葉はもはや重たいものでしかなかった。
 
長男の産後はうまくいかなくて子どもと一緒に号泣する夜もあった。それでも何とか乗り切れたのは、夜泣きのひどい赤ん坊だったけれど、その代わり外出するとほぼ100%爆睡してくれて、その間に自分を取り戻すことができたからだったんだと思う。
 
完全ノックアウトされたのは、4つ違いの次男の産後だった。
産後1か月の新生児訪問が終わると、もう母子だけの世界。長男の時と違ってマイペースに寝起きしては泣き出す次男に気を許すヒマがない。そこに重ねるように甘えてくる長男。進まぬご飯の支度。あちらで鳴り響く洗濯終了のメロディ。時計を見ればもう正午過ぎ。
何もかもが思うように進まない。そのストレスはまだ幼い長男に向けられる。小さな一言にカッとなって怒る。泣かせる。泣き声にさらに怒りはヒートアップ。思わず突き飛ばすことも一度や二度ではなかった。
産後2か月を迎えるころ、長男にはチック症状が現れて、ようやく自分が普通ではないということに気がついた。穏やかなほほえみどころか、悲愴感でいっぱいの暗黒時代だった。
 
「こうだったらいいな」という憧れは、時として刃となって自分を突き刺す。
私の場合は、「母たるものこうあるべき」という呪縛となって、憧れの母子像にめった刺しにされたのだ。
 
新生児訪問でお世話になった助産師さんにSOSを出した。誰かに話を聞いてもらうだけで、いくらか気持ちは楽になってその日一日を乗り切ることができる。ママ友は共感してくれはしたが、あるある話の一つにくくられてしまって救いにはならなかった。夫? この世に、産後ママを救える夫がどれほどいるのだろうか。SNSで流れてくる妻思いで家事も育児もそつなくこなせる夫は、残念ながらわが家にはいなかった。この時期の夫はむしろ、イライラを増幅される存在。ごめんよ、夫。
 
ある日、新生児と4歳児が同時に泣きわめいて、私はもう限界だった。一緒にいたら爆発してしまうと2階に子どもたちを残して、1階のキッチンに逃げ込んだ。
「なんで泣くんだよ」「何をしたらいいのよ」「私なんかに母親はできないんだ」
くやしくて、情けなくて、みじめで、あふれ出てくる感情を焦げ付いた鍋にぶつけて、じゃんじゃん水を流しながら力任せに鍋を磨いた。つらい時、お鍋を磨くのは私のクセ。水しぶきとあふれる涙で服も流しも、どこもかしこもびしょぬれだ。爪の間に入り込んだ黒い焦げのかけらが、いっそう自分をみじめにする。びしょぬれで、黒い指して、ぼさぼさの頭ですっぴんの私。やわらかい陽の光どころか、めらめらと燃えたぎる怒りの炎とどす黒い自責の念がうずまいて号泣する自分の姿。
 
「あーもうっ!! 何やってんの、私!!」
鍋にあふれる水を思い切り叩きつけて大声で叫んだ私の視界の片すみに、小さな坊主頭が入り込む。
 
「ママ、大丈夫?」
右目のまぶたをチックでピクピクさせて、泣きはらした目と涙の跡の残るほっぺを赤くしながら、4歳の長男は私を心配してくれている。
 
なんってこったい。
神さまの背景に描かれているような温かくてやわらかい陽の光をまとっているのは子どもの方だったよ。
自分ばかりが子どもを育てなくちゃと気負って、良い母親像を打ち立てて、そこに届かぬ自分に絶望していたけれど、子どもは子どもの人生を生きている。
母親らしくあらねばならぬという呪縛が、するするするっと解けていく。子どもは子どもなら、私は私だ。いわさきちひろの描くやわらかくて温かい世界も、育児雑誌やきらびやかなSNSのママたちも、私ではない。私は私の人生を生きればいい。
子どもを育てる親をやめよう。私たちはともに育ちあう家族だ。お互いが家族の一員として、至らぬところを支えあっていけばいい。親だからではなく、経験が多い分支えられる範囲が広いだけ。できないこともたくさんあって、そこは助けてもらう。とてもシンプルで、居心地のよい関係を作っていけそうな気がする。子育てじゃない、一緒に育つんだ。これまで抱いていた母親像はぐるりんとひっくり返った。
長男と一緒に2階に戻ると、次男は泣きつかれて眠っていた。
 
あれから8年。
「もう、ママ、なにやってんのー」
今日も私はあきれ顔の子どもたちにゴメン、ゴメンと謝りながら生きている。失敗だらけで、子どもより忘れん坊な母だけど、子どもたちはそんな私を笑いながら助けてくれる。
 
親が子どもを育てるんじゃない。親も育ててもらいながら成長していくんだ。
 
大きな声で笑いながら失敗を報告する母とやれやれと言った顔で母を見守る子どもたち。穏やかで包むような温かさはないけれど、弾ける笑い声と子どもたちに見守られるやわらかな心地よさがここにはある。
 
いわさきちひろの世界からはずいぶんかけ離れてしまったけれど、子どもに育てられながら母は母になりつつある。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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