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人生のパートナーは、たいてい対岸を歩んでいる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:まつりか(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
「私の頭の中こんなにも整理してくれて、想いを形で見せてくれるのは……
あなただけだよ」
目の前にいるショートカットの彼女は、思い詰めた真顔を向け、宿っている想いが対面する私の目に見える程真剣な瞳には、うっすらと涙を浮かべて、私に言った。
意思ある語気が、私の脳内に直接響いた。
 
ここは、営業終了後の、スポーツクラブのスタジオ。
日中、多くの人がトレーニングをしたり踊ったりしているフローリングのフロアに直に座る私たちの手には、良く冷えて汗をかいたプラカップが握られ、2人の間の床には、缶ビールとウイスキーの瓶、近所のコンビニで買った簡単な惣菜が散漫に並んでいた。ヘルシーなイメージのこの場所には、似つかわしくない光景だった。
 
5月の人事異動は、明らかに不均衡なものだった。
私たちの会社が全国に複数持つ支所は、業務量の振れ幅が大きかった。例えば対応するお客様の数が数十名規模の支所もあれば数百名の支所もある。在中するスタッフ数や扱う金額も然り、さらには取り扱い業務によってメンテナンスや対応がほとんど必要がない支所もあれば、ひっきりなしに電話が鳴り利用客と追いかけっこをするように、一日中作業をし続ける支所もある。
 
スタジオ所属で、この人事異動の局所的な負担を担うことになったのが私たち。
心の底から、不服だった。
 
これまで複数人が担当してきた業務量・売上の大きな支所を、引継ぎ期間もままならず急遽たった一人で任される辞令が、私に下りたのだ。目の前の彼女は、1か月程前に前任者の体調不良による休職で“代理責任者”を任され、人員補充がないまま今日まで自転車操業やってきたところ、いざ回り始めたと思った矢先、私が引き継ぐという形でその役職を外された。
業務悪化は著しく、設備トラブルによる会社的な大損害もあり、その補填もしなければいけない中で起きたこと、前者の人事がすっかり確定した後に起こった急変更だった。
 
私たちの不服は、ただ「働きたくない。楽をしたい」とか、「ポジションを奪われた」とか、表面的なことではなかった。
もっと、正義感にあふれたもの……
「この会社にはせっかく社会的意義のある理念と、それが出来る環境があるのに、働けば働くほどみんな表情を失っていく」一緒に働いて約3年になる私たちの共通の話題は、常にそんな話。
“理念に共感して、社会を変えたくて、ここで働いている”
この時代に似つかわしくない泥臭さが二人の共通点なのは、間違いのない事実だった。
 

 
私たちは会社の同期だ。
常に人材の入れ替わりがあるこの会社で、入社“月”まで一緒の唯一の相方。けれど、配属はずっとバラバラで、実際に一緒に仕事をすることはなかった。
コミュニケーションはだいたい、日々のLINE。
理想を高く掲げた事業を持ちながらも、前時代的な体育会系の上下関係と、あからさまなトップダウンの構造。「社長命令だ」という「理由」で、「休日社員も含め明日の飛び込み業務が発生する」、ということも日常発生することがあり、正直うんざりしている。でもそんな時、私たちは遠隔勤務地でLINEのやりとりをする。社長の振る舞い。それを鵜吞みにする社員の言動。それはただの愚痴ではなかった。まるで高校の部室で夢を語るような、青春ともいえる真剣なやり取りだった。
私たちは、友達だけれど休みの日に遊ぶことはない。友達というよりも……あくまで同期、だ。ものすごく深いつながりの、同期。
 
彼女はほとんど同い年にして、3人の子供を持つお母さんだ。
一人目の子供は、今年、親元を離れる年齢になった。ご主人が事業をしていたから、若くして子育てと両立しながら自営業の立ち上げを支えてきた。短大を卒業し、一般企業に就職することはなく、会社=家の仕事、関わる人=身内だった。
 
一方私は、一度も結婚をしていないし、子どももいない。大学を卒業してすぐに男社会の職人の世界に入り、汚い言葉で怒鳴られながら四六時中仕事をして20代の時間ほとんどを過ごしてきた。“女性”を理由に仕事を外されたくなかったから、体力面も精神面もずっと強がって過ごした。タバコは吸わないし嫌いだけど、当時、煙だらけの会議もにこにこして過ごしたし、喫煙所にもついていった。仕事を通じて出会う人たちは、学生時代までの人間関係とは全く違っていて、同僚もクライアントも中卒ヤンキーも東大生もごちゃ混ぜになっていた。
 
一緒に仕事を始めた夏、詰め詰めの入社研修はお昼ご飯の時間もなかった。カロリー摂取と早食いに慣れていた私は、合間を見つけて立ち食いそばを食べに行こうと提案した。彼女は「どこで何食べるの?全然時間ないじゃん! 私そんなに早くご飯食べられないし、外食はゆっくりするものでしょ??」と、私の誘いに乗ることはなく、本気で驚いていた。
 
彼女が食べてきたカレーは、子供も食べられる日本の家庭のカレー。料理好きの彼女なりの美味しい工夫はたくさんあったと思うけど、敢えて言うならば“りんごとはちみつのバーモントカレー”。
一方私が食べてきたカレーは、放浪の一人旅の中で出会った、世界の雑踏の中にある食堂の、何が入っているかよくわからないスパイスカレー。
 
私たちは、かなり違う人生の時間を過ごしてきた者同士だった。
中途半端な違いだったらこうはなっていなかったと思う。考えも話す言葉も違い過ぎているのに、こんなにも通じ合えたのは、お互いにバカ素直だったからだろう。相手を別のものとして受け入れられて、思考を補うことが出来た。そこには、自然と尊敬が生まれていた。
 

 
人事異動の不均衡を逆に転機にすべく、私たちは疑問を呈した。
いつでもトップダウンにもみ消されてきた理不尽な流れでうやむやにせず、今後の結果を生み出したい。消耗するだけの“タスク”は抑えられないだろうか。
 
遠隔地勤務での恒例のLINEのやりとりは、まるで目の前で行っている会話のように勢いよく展開した。テンポが崩れることなく1時間は余裕だった。最近出席したどんな会議よりも濃密なやりとりが重なった。
 
すべてが効果的になったわけではなかった。
けれど、人事の根本的な見直しが行われ、新たな展開が開けた。
私たちはまた離れ離れになり、一緒に仕事をすることはなくなった。
けれど、お互いの場所で出来るマインドが、確実に持てた。
 

 
理想を掲げる環境で、ネガティブなことを口にするのは意外と抵抗がある。
悪い言葉は「言ってはいけない」気がする。
けれど私は、悪い言葉を推奨したい。喜怒哀楽は均等に、人間の感情に存在すると思う。喜楽だけ表に出したところで、怒哀が自分の中に発生したのは、事実だと思う。思ったことを言わなければいいのではなくて、思った自分も含めて受け止めたい。
自分にも難しいのに、ましてや他人に言うのはさらに難しい。
そんな感情を、そして頭の中を、これだけ鮮度の高い状態で共有できる他人は本当に貴重だ。
 
「仕事は根性論じゃないって教えてくれたのは財産」と、彼女は言ってくれた。
私も、自分がわからないことをたくさん、彼女に教えてもらっている。
 
彼女との関係で学んだこと、得たもの。
似ているからわかるのではなく、違うからわかるんだ、ということ。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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