メディアグランプリ

生まれたての温泉は赤ちゃんの瞳だった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:飯塚 真由美(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
東京に帰る日、仙台駅前で飲みながら「もう1泊しちゃおうか?」「いーねー!!」と、我が家の旅は急遽1日増えることになった。
宮城を巡る旅だったので、1日増えた日は山形に遠征してみようということに話がまとまった。急に決まったので山形については予備知識無し。さて、どこに行こう?
「蔵王で温泉」のプランが魅惑的だった。20年以上前にスキーに行って以来だ。どの日帰り温泉に行くかをリサーチすることにした。
 
私は温泉好きが高じて、温泉ソムリエの講座を受講し認定証をいただいた。温泉の正しい知識と効果的な入り方、例えば泉質の違いによる効能を学べて、温泉に入るのが数倍楽しくなった。
よく脱衣場に貼ってある「温泉成分分析表」が読めるようになり、これから入る温泉のスペックや「ウリ」が分かるようになった。このお湯に入ったらこんな効果がある、という「ウリ」を先に知ってから入ると効きが違う。ストレッチをする時に「今ここを伸ばしている」とイタ気持ちいいところを意識すると、より伸びるのと同じだ。
 
蔵王の日帰り温泉を探していたら「温泉マニア垂涎の」というフレーズが目に飛び込んできた。読み進めると、珍しい「足元湧出」という言葉が誇らしげに輝いて見えた。全国に20~30箇所しかない、レアな存在だ。
 
多くの温泉は離れた泉源からパイプでお湯を引っ張り浴槽に注ぐ。離れた泉源から運ばれる温泉の湯は、途中空気に触れることにより、徐々に劣化していく。
一方で「足元湧出」は、温泉が湧き出している上に浴槽を作った、要するに、浴槽の底から温泉が湧き出しているという構造だ。お湯は「湧き出たらもう浴槽の中だったんです」という状況ゆえ、途中で空気に触れることなく劣化が無い。温泉の実力100%をそのまま受け止めることができる贅沢なお湯だ。
 
蔵王に足元湧出の湯があるなんて! しかも入浴料はたったの200円。思わず二度見した。絶対ここに行こう。
 
蔵王の温泉街に入ると、硫黄のにおいが漂う。頭の中は気になる「足元湧出」の文字でいっぱいになっていた。激レアな湯に入りに行くのだ。
200円の湯は、地元の人が大切に守ってきた共同浴場の1つだった。
 
無人なので入口の赤い料金箱にチャリーンと200円を入れる。小ぢんまりとした脱衣場に入るとガラスの引き戸の向こうにすべて木で作られた浴室が見えた。温泉成分分析表を眺める。蔵王の温泉はかなり個性的な強酸性。レモンより強く、胃液のレベルに達しそうな酸性だ。
 
どきどきしながら浴室に入る。贅沢なことに私一人しかいない。
あるのは浴槽と洗面器のみ。ボディソープやシャンプーも、シャワーはもちろんカランすら無い潔さが最高だった。ひたすらじっくりお湯と向き合うのだ。強酸性の湯は石鹸が役に立たない。その反面、優れた殺菌力がある。殺菌ってお清めみたいだなと、神妙な表情で浴槽から直接すくった湯で何度もかけ湯をする。足元湧出、劣化無しのかけ湯。なんとも贅沢だ。恐る恐る味見をすると酸味を感じ、強酸性を実感した。
 
この浴槽にはお湯の注ぎ口が無かった。唯一、パイプからとぽとぽと注がれるのは湯温を下げるための水のみ。底と周囲の4面がすのこ状になっていて、湧きたてのお湯がすのこの板と板の間からじわじわと浴槽の湯の中に染み出す仕組みだ。これがあの足元湧出か、とすのこの隙間に目を凝らす。
 
初めて味わう感覚に驚いていた。お湯に浸かっている自分の周囲から、生まれたての熱目のお湯が絶えずやんわりとやってきて、そっと包まれるようだった。自然のものなので急に足の裏に熱いお湯を感じたりする。予測不能で時折アツっ! となりお湯を混ぜる。湯の花が舞う。自分も自然の一部になって、地球のパワーをダイレクトにいただいているような感覚になった。
 
足元湧出、もう1つ驚いたのはお湯の色だった。温泉街に漂う硫黄の香りに、白いにごり湯を想像していた。ところが私が入ったお湯は、底までクリアに見えるほどの透明な湯だった。
共同浴場の裏手に回ると浴槽から溢れた湯の排出口があった。ここには真っ白なにごり湯が広がっていた。にごり湯は湧き出したばかりの時は透明で、空気に触れることで白いにごり湯に変化していく。
浴槽の底や周りのすのこの間から染み出した湯は、途中空気に触れることなく浴槽の湯に加わって行く。生まれたばかりの新鮮極まりない湯は、澄んだ赤ちゃんの瞳のようだった。空気に触れる経験もまだ無くにごり湯にならない。とても珍しい体験ができた。
 
お湯から上がった時も驚きは続いた。この温泉の泉質名の一部に「硫酸塩」の文字を見つけた。この成分が強いと、お湯から上がるとひんやりした感じがすると習った。夏に入りたい温泉だ。今までこのタイプの温泉に入っても、ひんやりを感じたことは少なかった。
しかし習った通りのことが起こった。身体を拭いたら、全身メンソールに包まれたようにすーっと汗が引いた。
さっきまで熱いお湯に入っていたのに。汗が止まらないと冷たい水をがぶ飲みする場面なのに。
 
足元湧出の温泉の魅力は、劣化しない新鮮なお湯のために温泉の持ち味を直球でドスンと受け止められる所だ。忖度しないでこの際ハッキリ言わせてもらいますよ、みたいなストレートな物言いだ。短時間でも中身の濃い話し合いができた、と満足できる。
「足元湧出」というキーワードを見かけたら、生まれたての温泉を試すチャンスだ。きっと病みつきになる。
次はどこの温泉地の足元湧出を狙うか、私は検索を始めた。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:10:00~20:00
TEL:029-897-3325



2022-05-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事