「書く仕事って、どんな感じですか?」と問われたら。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:大村隆(ライティング・ゼミ2月コース)
「書く仕事って、どんな感じですか?」
ときどき、ライター志望の若い人から質問を受ける。
私にとっては、なかなか答えるのが難しい問いだ。なぜなら、「書くこと」は誰にでもできるし、特殊な資格がなければ「ライター」を名乗れないわけでもない。「こんな文章を書けないと、プロとは言えないよ」といった明確なハードルがあるわけでもない。
けれど「書く仕事」を続けてきたなかで、経験的にこれだけは言える。それは、「本気で書くなら、誠実にならざるを得ない」ということだ。
どんな文章を書こうが自由。でも、そこには誠実さが不可欠となる。私は胸の痛みとともに、そう学んだ。
私が書く仕事をスタートさせたのは、新聞記者としてだった。記者の仕事の大半は、聞きたくもない声を聞き、書きたくもない記事を書くことに占められている。問題がないところに問題を作り出したり、批判のための批判を繰り返したり。
もちろん、それが楽しいわけでも、やりがいを感じるわけでもない。だが組織のなかで働いていると、その世界で「正しい」とされている価値観に逆らえなくなってくる。きっとこれは、どの仕事でも同じだ。
そんな毎日のなかでも、忘れられない取材がある。
ある瀬戸内海の離島を訪れた夏の日。高齢の女性に過疎化の現状などについて訊いていると、だんだんと個人的な内容へと話が変わっていった。
その女性は幼いころ、広島の原爆で家族全員を亡くしたという。家族の消息を求めて爆心地を歩き、本人も被爆。後遺症の影響で子どもができなかった、ひとり悲しみを抱えて孤独だった、差別されるのが怖くてこれまで誰にも言えなかった……といった話を、切々と語ってくれた。どうして会ったばかりの私に伝えようと思ったのか。その理由は分からない。
私は女性の了解を得て、原稿にまとめた。原爆関連の話としては珍しい内容ではないのかもしれないが、それで済ませてはいけない気がしたのだ。
地方版に記事が掲載された日に、女性から電話があった。「これで亡くなった家族の魂も報われる。ありがとう。墓前に報告しました」
私はこのとき「もう、新聞記者はいいかな」と感じた。これ以上の仕事はできない気がしたのだ。そんな、なにかの底に触れたような感触があった。
それだけでなく、私は自分が恥ずかしくなったのだ。
「魂が報われた」
「墓前に報告した」
その言葉に匹敵するほどの仕事を、果たして私はしたのだろうか? 一人の人間にそこまで言わせるほど、私は誠実に取材し、心を込めて記事を書いたのだろうか?
……そう自問すると、心から「YES」と言い切れない自分がいたのだ。
女性とは真正面から向き合って、記事も真剣に書き上げた。けれど、それはいつもの記者活動と同じで、そこに「魂」に報いるほどの特別な思い入れがあったとは、言いがたい。
もちろん、嘘をついたわけでもないし、話をつくったわけでもない。けれど、どこか自分のなかに冷たい違和感が残った。どう表現したらいいのか分からないが、その女性に対してどこか申し訳ない気持ちがしたのだ。
その後、私は新聞社を辞めて、独立した。当初はカウンセリングなどもしていたが、結局は「書く仕事」に戻った。といっても、簡単に軌道に乗ったわけではない。
一時期は名のあるセールスライターの手伝いをしながら食いつないでいた。依頼された仕事は、あるコンサルタントのブログの執筆。早い話が、ゴーストライターだ。
与えられたテーマに沿って、15000字程度の文章にまとめていくのが私の役割だった。そのコンサルが常日頃語っている内容を過去の著作や動画などから抽出し、ブレない範囲でそれっぽい記事に仕立てていく。分からない内容については、ネット上にあるさまざまな情報を借用していいと言われた。
「読み手が何を知りたいのか、何を解決したいのか。そこだけに集中して」と繰り返し指導を受けた。それはとても大切な学びだったと思う。エンドユーザーのためだけを考える。これこそプロの基本だと、いまでも感じている。
だけど、セールスライターは私には向いていなかった。書いている内容にまったく興味がないし、そもそも自分が感じても、理解してもいない話を「それっぽく」書くということに強い違和感を覚えた。
完成した文章には、心理操作的な要素がふんだんに織り込まれていた。それを読んで、そのコンサルに大金を払う人が出てくるかもしれない。確かにそれがブログの目的なのだから、そうなれば成功だ。けれど、それは本質的には人を騙していることになるんじゃないのか? 私はそう感じた。この仕事は、半年も続けられなかった。
ある書籍プロデューサーの下請けも経験した。インタビューの音源をもとに、一冊の本としてまとめていくというものだ。ただ、書いていくうちに情報が足りない部分が出てきた。プロデューサーに相談すると、「足りないところは想像で書いて。思い切りドライブを効かせたくらいがちょうどいい」と言われた。「それくらい盛らないと読者に響かないし、そもそも売れないから。こういうのって、『そういうもの』だから」と。
結局「そういうもの」として、その本は世に出た。そして、私の胸の中にヘドロのような何かが残った。
以降、セールス系の文章は一切書かないと決めた。不誠実な言葉を書き連ねながら生きていきたくない。それでは自分の人生そのものがウソで埋もれてしまう。そう痛感したからだ。
いまは、環境に配慮した農業をされていたり、誠実な想いを持ってビジネスをされていたりと、「本当に紹介したい」と心が動く方を中心に取材し、執筆している。というか、そういう仕事しかできない。書きたくないものを書くという行為が、どれほど心を蝕むのか。それを知りつつ、書き続けるなんて不可能だから。
「書く仕事って、どんな感じですか?」
その答えになっているかどうかは、分からない。けれど、これが25年ほど書く仕事を続けてきた私から伝えられる、精いっぱい誠実な答えだ。
***
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