メディアグランプリ

大雨のタクシーとジョン・レノン


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:和田 理惠子(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
ウクライナとロシアの戦争の影響もあるのか、最近よくジョン・レノンのイマジンを耳にするようになった。
「想像してみて」というフレーズで始まるこの楽曲は、人類の平和を願った歌だけど、悲しいが何十年経ってもなおイマジンの願いは届かないのだ。
今でも記憶の奥底に強烈に残っているのは、ダコタハウスの前で、暗殺されたジョン・レノンのニュースを聞いたときのこと。
もう、40年以上前になるのか。
いささか記憶も曖昧だし、人間の記憶なんてごちゃ混ぜになるから、覚えておきたいことだけ覚えている、みたいな感じだ。
 
その日、夕方から降り出した雨は、風も雨も激しさを増していた。
天気予報ではこんな嵐になるなんて言ってなかったはず。
さあ、そろそろ寝ようかという、深夜に差し掛かる時間に、急に高校時代の友人だった彼女から連絡があってどうしても来てほしいと懇願された。
「わかった」
こんな深夜にましてや大雨の晩に、ややこしい話はごめんだと思いつつ、出かける支度をして外に出た。つくづくお人好しだ。
仕方なく通りに出てタクシーを拾い、行き先を告げる。後部席からワイパーの忙しない動きを見るともなしに見ていた。
私を乗せたタクシーの運転手は、お喋り好きな人だったらしく、しきりに、「こんな雨で出かけるなんて大変ですね」と、話しかけてきた。
気づまりな沈黙に支配されるよりはまだいいか、とは思うものの、返す言葉は、はい、とか、そうですね、といった生返事だったように記憶している。
目的地までは40~50分は掛かった。
今の時代であれば、運転手には申し訳ないけれど携帯をいじったりすることもあるだろうが、そんなものはまだない時代だ。
横殴りの雨の中、目的地まで高速をひた走るタクシー。
高速を降りて、そろそろ目的地近くになるころ、小さくボリュームを絞っていたラジオから音楽が聞こえてきた。車のボディを叩く雨の音がうるさくてほとんど聞こえていなかったのだ。
音楽がやんでニュースに切り替わった。
「次のニュースです。元ビートルズのメンバーだったジョン・レノンさんが8日の夜11時ごろ、日本時間の9日午後1時ごろ、ニューヨークの自宅のダコタハウスの前でピストルに撃たれ、病院に収容されましたが死亡しました。犯人は白人の男性でレノンさんの熱狂的なファンでした。サインの仕方が気に入らないという逆恨みで発砲したと伝えられています」
えっ? なに?
ビートルズ世代ではないけれど、大雨の深夜のタクシーの中で聞くには十分すぎるほど衝撃的なニュースだった。
ニュースは続いている。ロックフェラーセンターのクリスマスツリーが点火されたが、12月だというのに妙に暖かい日だった、そうだ。こっちは大雨なのに。
タクシーの運転手は、急に車を道路わきまで寄せて減速した。
「ちょっと、ニュース聞いてもいいですか」
ラジオのボリュームを上げてノロノロ走りながら、ニュースを聞き入る運転手。ハンドルにおいている手がブルブルと震えているのが見えた。
「もしなんなら、車止めてもいいですよ」
「じゃあ、少しだけ。すみません」
私は、車を路肩に止めてハンドルに顔をつけて身じろぎひとつしない運転手の様子があまりにもかわいそうで。なにか声を掛けようとして、言葉を探すけれど、何も見つからない。
しばらくそのままだったが、「すみません。大丈夫です」
運転席で居ずまいを正すと、スピードを上げて走り出した。
「運転手さん、ほんと大丈夫ですか?」
落ち着くまで、車を止めててもいいのに……、そう思いながら後部座席に座る私。なんだか身の置き所がなかった。
ラジオから、ダブルファンタジーやイマジンといったジョン・レノンの代表曲が流れている。
「大丈夫です。すみません、ちょっとびっくりしたもんだから」
ビートルズが解散して10年近く経っていたし、私はそもそもそんなにビートルズに興味はなかった。
その頃私が聴いていた洋楽といえば、KISSやQUEENといった全米トップ40にランキングされる楽曲がメインで、ほかにはレッドツェッペリンやイーグルスも聴いていた。
夜中に放送していたソウルトレインは特に好きだった。オープニングのスリー・ディグリーズの楽曲がかかるとテレビの前にラジカセを置いて、RECボタンを押して必死に録音したことは今となっては懐かしい。
そんな私ですら、ジョン・レノン暗殺のニュースは驚いた。運転手にとってどれくらい大事かわからないけれど、大好きなアーティストの訃報は相当ショックだろう。
「ありがとうございました。お忘れ物ありませんか」
目的地の彼女のマンションに着くと、やはり運転手を慰める言葉も見当たらないままタクシーを降りた。
 
雨は少し小降りになっていた。
タクシーの中が暖かかったから外に出たとたん、身震いするほど寒かった。
マンションのエントランスに水たまりができていて、滑ったらマズいなと妙なことを考えていた。そんなことは些末なことはよく覚えているものだ。
乗ってきたタクシーを振り返って運転席のようすを眺めた。
街灯に照らされた運転席の男は、げっそりと削げたように空っぽの顔。
そのあと、私が彼女と話したのかどうかすら記憶にないけれど、あの運転手の表情だけは鮮明に記憶に刻まれている。
犯人のマーク・チャップマンが11回目の仮釈放申請をしたとか、ジョン・レノンの妻、オノヨーコに向かって謝罪したことや、オノヨーコが申請に反対しているなどの続報が流れてくるたび、あの運転手の心が安寧であればいいのにと願わずにいられない。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:10:00~20:00
TEL:029-897-3325



2022-05-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事