わざわざ朝から母に電話して「ありがとう」と伝える日のこと
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記事:川端彩香(ライティング・ゼミNEO)
一年に一回だけ、朝から母に電話をかける日がある。
母が私を産んでくれた日。私の誕生日だ。
先日、30歳の誕生日を迎えた。
30歳って……。
20歳の時もそうだったが、10の位が変わるのって、なんとも言えない気持ちになる。「おお、30歳なってもうた……」と。
そして30年も生きたという事実に、少し不思議な気持ちにもなる。まだまだ若手気分だけど、会社でもしっかり中堅になりつつある。成長しなきゃ、という焦りも少しある。今まで生きてきた期間と同じだけ、まだ働かないといけないという事実に少し憂鬱にもなる。仕事がそんなに苦じゃないのが、唯一の救いだ。もちろん気持ちの波はあるけども。
そんな誕生日、毎年欠かさずしていることがある。
母に「産んでくれてありがとう」と伝えることだ。
なんでこんな恥ずかしいことを毎年しているかというと、あれは21歳の誕生日だっただろうか。当時私はまだ大学生で、春休みだったので帰省していた。朝ゆっくり起きて、リビングに入った。
父はもう仕事に行ってしまっていたが、母と妹たちがいた。妹たちは「誕生日おめでとう~!」と言ってくれたが、母は一向にそんな声をかけてくれる気配がない。たまらず私は母に声をかける。
「今日なんの日か知っとる?」
「知っとるけど」
「なんの日?」
「あんたの誕生日やろ」
「……(ちゃんとわかっとるやないか)おめでとうは?」
すると母はピシャっと言い放った。
「なんでおめでとうなんか言わなあかんねん!!!!」
ええー………。
私と妹たちは驚いていた。
生まれてから今まで、妹たちを含め、家族の誕生日には「おめでとう」とみんなで言っていた。それなのに、なぜ、急にそんなことを言い出すんだ。どうした、母……。
呆気にとられる私たちを見て、母は言う。
「私が産んだんやから、あんたらが私に『産んでくれてありがとう』って言うべきやろ!!!!!」
……いや、まぁ、ごもっともやけど。正論やけど。
そして私は言うのだった。
「……産んでいただき、ありがとうございました……」と。
「ふんっ」と言った母は、少し照れくさそうだった。自分で言うたのに……。
母の勢いに驚いたものの、確かにな、と思った。
母と父が出会っていなければ、私や妹は生まれていない。祖母も私たちの両親を産んだけれど、祖母も祖父と出会っていなければ、私たちの両親も生まれていない。ということは、私たちも生まれていない。その前も、そのまた前も……と考えると、私が今ここに存在していて、30年生きているのってめちゃくちゃすごいことなんじゃないか? と思えた。頭ではわかっていても、改めてしっかり考えてみるとすごい確率で、すごい奇跡で、とにかくすごいじゃん(語彙力)!
とにもかくにも、21歳の誕生日以来、私は自分の誕生日に、「産んでくれてありがとう」と母に伝え続けている。
当日実家に滞在している時は、直接。離れて暮らしている今は、朝少し早めに起きて、電話をかける。30歳の今年も、いつもより早起きして電話をかけた。
「おはようございます」
「はい、おはよう」
「今日誕生日です」
「そうよ、あんた産んでもう30年経つんやなーってびっくりしとってん」
「そうよ、もう30年よ。……産んでいただきありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ産まれてきてくれてありがとうございました」
ちょっと、泣きそうになった。
毎年電話をかけているが、「産んでくれてありがとう」と伝えると、母は照れているのか、いつも「いえいえ、どういたしまして」としか言わなかったのだ。
でも、今年は違った。
「産まれてきてくれてありがとう」と言った。
父や、妹や、親戚や、友人や、同僚からも
「誕生日おめでとう」と言ってもらえた。
というか、これが普通の誕生日だと思う。
でも、「産まれてきてくれてありがとう」って心のどこかで思ってはいても、なかなか言葉に出すことはないのではないだろうか。少なくとも私は、言ったことはあるのかもしれないけれど、今すぐパッと出てくる記憶がない。
生きていると、いろんなことがある。
嬉しいことや楽しいことはもちろん、腹が立つことや悲しいこと、悔しいこともある。良いことが続けばいいけれど、悪いこともたくさん起こる。悪いことが起こるたびに、塞ぎこんでしまったり、自己嫌悪に陥ったり、私ってなんなんだろう、存在価値ってあるのかな? とかそういうことを考えて負のループにハマってしまうこともある。
でも「産まれてきてくれてありがとう」っていう、どんな私でも大事に思ってくれる存在がいてくれればそれだけで生きている意味はあるし、そう思ってくれる人がたくさんではなくても
何人かだけでもいるんだって考えると少し元気が出たし、自分は存在しないといけない人間なんだと思えた。
電話でよかった。泣くのをめちゃくちゃ耐えたから、涙を流してはいないものの、ひどい顔になっているはずだ。
そこから10分ほど、あーだこーだと喋った。朝からこんなに長電話(私にとって10分は長電話だ)するのも、この日だけだ。
夜は父に電話をかけた。母の前だと怒られるから言わないのだが、結婚の気配をまったく感じさせない私に少し焦っていた。
世の中の父親は、「娘が結婚するのが寂しい派」と「早く結婚してほしい派」に分かれると思うのだが私の父は後者である。言い分としては、「せっかく育てた娘が誰にも選んでもらえんのが悲しい」だそう。
すまん、父。私はまだ誰にも選んでいただけておりません。
妹にも「早く良い相手見つけて落ち着いてくれ」と言われた。揃いも揃って、誕生日に私を焦らさないでくれ。そして私はもう少し自由に過ごしたいので、結婚願望はあるものの、計画はまだ先送りだ。でも相手は探し始めないといけない時期だよな……。
子どもの頃は早く大人になりたくて、誕生日が待ち遠しくて仕方がなかった。プレゼントも貰えるし、ケーキも食べられるし。
大人になると、歳を重ねることが少し嫌になる時もあった。「若いから」で許されていたことが、許されなくなる。サラリーマンだと、歳の数が増えると、責任の重さも増える。
自分の下がどんどん増えていく。そして増えていく下に、いつ追い抜かれるかヒヤヒヤしながら働く。
でもここ数年は、誕生日が楽しみだ。
母に堂々と感謝の気持ちを伝えられる。
自分の存在について、改めて考えられる一日にできる。
今ここに生きていることに、感謝できる。
大袈裟かもしれないけれど、そう思える。歳を重ねるほどに、ありがとうの気持ちが大きくなる。そう考えると、歳を重ねるのも悪くないなと思えるようになった。
来年の誕生日も、再来年の誕生日も、私は母に電話をかけて感謝を伝える。土日がかぶったら、実家に帰るのもアリだな。でもそれまでに、誕生日を祝ってくれる誰かを探した方が両親は喜ぶかもしれないな。
そんなことを思った誕生日だった。
***
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