『聴覚障がい者のための音楽』をつくる
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:スズキヤスヒロ ライティングライブ東京会場
「聴覚障がい者は、音楽を楽しむことはできない! あなたはそう、おっしゃるのですか!」
電話の声が、怒りとかやるせなさとか悲しみとか、たぶんいろんなもので『震えて』いる。
音楽イベントの準備のため、パリ在住の作曲家の友人宅を訪問していた。
スマホから漏れ出る『ただならぬ声』に、友人が不安そうにこちらをみている。
彼は、フランス人なので、日本語はわからないと思うが……。
「いやぁ…… そうおっしゃられましても……『聴覚障がい者向け音楽』という企画は、ちょっと……」
「そこをなんとか、なんとか、お願いします。
こんなことをお願いできるのは、あなたぐらいしかいないんだ!」
『断っちゃえよ。楽になれよ』と「黒い自分」がささやく。なのに、
「わかりました。な……んとか、やってみます」
と、言っていた。
「ありがとうございます!」
電話が切れた。
『あーあ、うけちゃった……』。仕事をうけてしまったけど、なんのアテもない。聴覚障がい者向けの音楽なんて、一体どうすりゃいいんだ?
「どうした? なんか、あまりグッドニュースじゃなさそうだけど……」
『こうなったら、彼を巻き込むしかない…… 』不安そうな顔をしている彼に、『日本の大きなテレビ局から、依頼があった。でも、企画が難しそうなので、断ろうかと思っている』と告げると
「いい話じゃないか! 我々のイベントの告知にもなるし。どんな企画なんだ?」
ちょっと…… 乗ってきた。そこで、
「依頼というのは、聴覚障がい者向けの音楽の制作とプロデュースだ」
「えっ……!」
友人は絶句した。顔が、みるみる赤くなっていく。『なんか気分を害しちゃったかな…… 作曲家にこんなこと言ったら、怒る……のかなぁ』とおもっていると、
「面白いじゃないか! やりたい!」
彼は興奮気味にそう言ってくれた。『本当によかった……』。
しかし、彼を日本に招聘する予算なんか、どこにもない。でも、興味をもってくれたのは、とてもありがたい。日本で『低予算でもOKで、聴覚障がい者のための音楽をつくってくれる奇特な作曲家様』を探さなくてもよい。
すぐに、試行錯誤がはじまった。深夜まで、いろんなことを試しながら、やがて『薄い鉄板でできた特殊な打楽器を振動させる』ことに行き着いた。
「振動させれば、耳が聞こえなくても、音に触れられるだろう? それに、この楽器は、誰かが触れると音が変わる。だから、耳が聞こえなくても『演奏』みたいなことができるんだ」
これぞ『餅は餅屋』だ。素人からしたら「無理難題」みたいなことだったのに。作曲家氏は『無理難題』を面白がって、きちんとカタチにしてしまった。
『プロってすごいなぁ……』得意気に説明する友人の、禿げ上がったアタマが、その晩はとても『知的』にみえた。
パリで目処がたった企画を携えて帰国し、依頼してきたプロデューサー氏に提案した。彼は、いたく気に入ってくれた。それに加えて、この企画に関連した小さなイベントを企画したところ、少額だが文化助成をうけることができた。
『よかった…… 一番安いチケットなら、これでパリの友人を日本に呼べる』
すべてが、トントン拍子だった…… イベントの当日までは。
イベント当日に、音響技術者と最終調整をしているとき、問題が起きた。
「これ以上、音量をあげたら『音が割れる』。だから、これ以上は音量を上げられない」
フランスの作曲家氏が制作した『触る音』は、常識はずれの爆音で、薄い鉄板でできた打楽器を振動させるものだ。しかし、音響技術者は、ある程度以上に音量を上げることを拒否してきた。
それだと、薄い鉄板があまり振動しないので『触れる音』にならない。舞台監督が間に入って、調整を試みてくれたが、ダメだった。
『プロ』ってなんだろう?
作曲家は、耳の聞こえない人のための音楽、という『常識はずれ』を、打ち破って、それを具体的なカタチにした。
一方で、音響技術のプロは、「音割れ」が生じない音響を守った。彼のおかげで、音響的には素晴らしいイベントとなった。一方で、『触る音』は当初予定したようには、実現しなかった。
あなたは、どちらのタイプの『プロ』だろうか?
常識を打ち破るタイプか? 常識を守ろうとするタイプか?
結局、このイベントはうまくいかなかった。
『触る音』のコンセプトは、弱く振動している金属板に触っても、伝わらなかった。
聴衆にも『なんだかわからない』と直接言われたし、アンケートにも厳しい言葉が並んでいた。
このイベントには、企画を依頼してきたプロデューサー氏も、参加していたが…… 『触る音』のパフォーマンス中、彼はずっとアタマを抱えていた。
「これを映像にするのは…… ちょっと厳しいですね。考えさせてください」
彼はうつむきながら帰っていった。
フランスの友人と、ちょっとガッカリしながら、黙々と撤収の作業をしていた。
そこに、高校生ぐらいの若い男の子が母親とやってきた。母親に話しかけられた。
「あの…… 今日のイベントをされていた方ですよね? ちょと、よろしいですか?」
「ええ、そうですが、何か?」
その若い男の子が話しだした。
「私にとって音楽とは、聴力を失う前の母の歌声と、歌詞だけでした。
でも、今日。私は『音楽』というものに触れることができた……
ありがとう。本当に、ありがとう」
彼は握手を求めてきた。
彼の涙ががこぼれて、かわした固い握手を少し濡らした。
「結果としては、悪くなかったってことだよな……」
何度も頭を下げて去っていく彼らを友と二人、笑顔で見送った。
***
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