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採血はおもてなし


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:小田恵理香(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
私は普段臨床検査技師として病院で勤務している。
患者さんから採れた血液、尿や便などを分析して数値化するのが仕事だ。
ある日学生検診の案内がきた。
看護師や放射線技師、臨床検査技師等の医療従事者は学生の期間中に臨地実習と呼ばれるものに行くことが義務付けられている。
学校から飛び出して実際に病院に行き、現場の息を感じる。
期間は3か月から半年と学校によって異なるが、飛び込むのは病気の温床。
実習に行く前には自分の状態を調べておく必要がある。
そのための検診の案内が上司からあった。
 
「じゃあ、ちょっと採血しましょうか」
 
と言われるとどう思うだろうか。
おそらく
 
「あぁ、注射か」
 
と憂鬱になる人が大半だと思う。
学生たちも同じようで、毎年のように検診会場は阿鼻叫喚だ。
 
「嫌だ」
「怖い」
「帰りたい」
 
と言われてしまい、こちらも萎縮してしまいそうになる。
私はほぼ毎日のように患者さんに針を刺し血液を採取する“採血”をしている。
多い日には平均すると一人で40人ぐらいの患者に針を刺しているのだ。
ただそんなに針を刺している私でさえ、いざ自分が
 
「採血しましょう」
 
と言われて自分も意気揚々と採血室に行けるかと聞かれると嘘になる。
ここで私は2人の患者さんを思い浮かべ、採血について客観的に考えてみることにした。
 
まず浮かんだ女性は血管が細く、針を刺しやすいかと言われれば難しい。
その上この方は顔なじみの人でないと不思議なことに、もともと細い血管がさらに見えなくなってしまうのだ。
見知った顔ではないと
 
「この人は大丈夫なのだろうか」
 
と不安になり血管も隠れてしまう。
入院している時も何人刺しても血液が採れず、見かねてベテランスタッフが交代したもののそれでも採れなかったそうだ。
最終的に顔なじみのスタッフが採ると、あれだけ隠れていた血管が顔を出し一発で採れたことがあったそうだ。
私も最初にこの方を担当した時はあえなく失敗した。
いつも担当者を指名してくるのだが、その日は休みだったので代わって担当することとなったのだ。
だが1年経ち顔なじみにもなり、改めて担当した時は見事に採ることができた。
 
「顔見知りだと安心するのよ」
 
というのがこの方の口癖だ。
 
もう一人年配の男性のことを思い浮かべる。
この男性は小さい頃、注射で怖い思いをしたことがあり針をみるのが怖く、とにかく注射の類は嫌いな方だ。
ただ、この方の凄いところは“怖い”と思うと余計に怖くなるし、自分がそんな雰囲気をしていると相手にそれが伝わり失敗の確率が上がることを自覚しているのだ。
針を刺して血液を採る時、
 
“痛みは大丈夫か”
“指の先が痺れるとか、変わったことはないか”
 
患者の様子を見ながら血液を採っていく。
だがこの方は
 
「針を刺している間はとにかく話しかけないでほしい。集中して取ってくれ」
「針を抜いた後はすぐに針を捨ててほしい」
 
と要望してくる。
最初は戸惑った。
様子を見ながら針を刺して血液をとるのが標準とされているからだ。
ただ、希望ならその通りにするしかない。
いつもこの男性を担当する時はとにかく無言で針を刺す。
ただそれを咎めてくることもなく、針を抜くとすぐに針を捨てるための専用のゴミ箱に廃棄する。
 
「終わりましたよ」
 
と声をかけると急に明るくなり
 
「いやー、本当に怖かったよー」
 
と笑いながら世間話を始めるのだ。

「採血する時ってそんなに注文つけていいの」
 
と医療に携わってない方から聞かれたことがある。
答えは“イエス”だ。
 
なんなら採血を主に行う採血検査室は、温泉旅館と思ってもらってもいい。
 
「あぁ針を刺されるのか」
 
と憂鬱になり恐怖心でいっぱいでやってくる患者が少しでもリラックスできるように、壁紙や患者が座る椅子にはなるべく緑色を使っているところが多い。
緑は自然・新緑の色で、安心を感じる色だからだ。
中にはキャラクターもののカレンダーを貼り、気をそらせる工夫をしているところもある。
針を刺されると倒れてしまう、あるいは倒れたことがある経験のある患者は寝ながらベッドで採血をするよう工夫もしている。
針を刺していることを自覚させないよう、集中しながら他愛もない世間話をしたりして気を逸らせたりもする。
他にもより安全に痛みを少なくするために、定期的に勉強会をしている施設もあるぐらいだ。
 
「あの人に担当してもらいたい」
「あの人は担当してほしくない」
「女性に採ってもらって怖い思いをしたから男性に担当してもらいたい」
「針を刺してと言ってから刺してほしい」
 
など注文は様々だ。
少しでも怖い、不安だと思う要素は遠慮なく言っても問題ない。
もちろん途中で何か気になることがあれば、これも遠慮なく言って構わないのだ。
患者が少しでも痛みを感じず、気持ちよく検査を終えられるように。
採血を担当している皆は心の奥でそう思っている。
私自身も根本はそう思っていることに改めて気づいた。
もし採血をする立場の私から一つお願いすることがあるとすれば過度のプレッシャーは与えないでほしいということ。
 
「絶対失敗しないでくださいね」
「絶対痛くしないでね」
 
と言われると気持ちも引き締まるといえば引き締まるが、ゲームの難易度に例えるとノーマルモードから一気にベリーハードモードに爆上がりする。
 
「大丈夫かな」
 
と思った少しの不安は針先に伝わるようで、うまくいく場合もあるがそうでない場合もある。
そこは経験を積めばなんとかなるのかもしれないが、採血をする側も人の子だ。
最初から痛い思いをさせようとか、1度失敗してもう1回刺してやろうとは誰も思っていない。
注文は大いにしてもらって構わないが、ハードルを上げるのはお手柔らかにしてもらえるとありがたい。
採血は究極のおもてなし精神の検査だ。
少し痛みを伴うが。
憂鬱になる前にどうかリラックスして、存分にもてなしを受けてほしい。
そうすればほんの少しだけ、憂鬱な気持ちも針を刺している間の痛みも緩和されると思う。
 
そして学生検診の日を迎えた。
針を刺す前から相変わらずの阿鼻叫喚地獄である。
だが少しでも痛みが和らぐよう、一人一人丁寧におもてなししよう。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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