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ピアノと私


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:佐藤知子(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
私がピアノを習い始めたのは5歳の頃だ。
父が音楽好きだったことで、気が付くと音楽教室に通っていた。
最初の1年はグループレッスンで、ピアノや歌、音楽の基礎を学び、その後は個人のピアノレッスンにするか、グループでのエレクトーンコースにするのか選ぶことになった。
母は、「みんなと一緒のコースがいいわよね」と言ったが、私は迷わず「一人がいい」と言った。ピアノがいいというより、他の人に気を遣うのが嫌だったのだ。以後、ピアノコースに進み、一人のレッスンは気が楽だなー、とすっきりした気持ちになったのを覚えている。幼いながら、場の雰囲気や人に気を遣うことに負担を感じていた。
 
個人のピアノレッスンは、始まってみると決して楽ではなかった。当時、私の通うピアノ教室は、基本に忠実で、練習を繰り返して指に叩き込ませる。体育会系のように根性が必要だった。1対1のレッスンは逃げ場がない。先生がいいというまで、同じフレーズを何度も繰り返して弾かなければならなかった。厳しい先生だった。30分のレッスンが、長く長く感じられた。腕が痛くなることもあった。
 
ピアノを楽しいと感じることもあったが、何しろ私は受け身だった。自分からやりたいと思った訳でもなく、特別上手くもなく、上手になりたいともあまり思っていなかった。
ピアノ教室は、5km程離れた街にあり、車で連れて行ってもらわなければならなかった。両親は、私がレッスンをしている間に買い物をしていた。小学生になると、レッスン終了後、待ち合わせのスーパーへ歩いて行き、両親と合流する。
続けていたのは、毎週日曜日、普段忙しくてあまり関われない、共働きの両親と、コミュニケーションを図る貴重な時間になっていたからだ。
 
ピアノの技術に関しては、劣等感を知るきっかけとなった。前の人のレッスンが終わるまで、ドアの前で待つのだが、前の人は私と同じ学年なのに、私より進んでいて、難しい曲を上手に、楽しそうに弾いていた。
自分の下手さ、進度の遅さ、怒られないようにと恐る恐る弾く態度、どれも魅力が無かった。
気が重くなった。
中学1年の終わりごろ、長年お世話になっていた先生が結婚し退職することとなった。部活が忙しいこともあり、これを機に私もピアノをやめることにした。両親もあっさり、もういいんじゃないか、と許してくれた。
 
その後、ピアノを習っていなくても、中1から高3まで合唱コンクールの伴奏を担当することとなるのだった。伴奏者を決める時、中学校では当時は各クラスに1人か2人しか習っている人がおらず、クラス編成の時にすでに割り振られていた。
伴奏は一人だから、みんなと一緒に歌えないということが、孤独を感じ淋しかった。間違えないように、クラスのために必死に練習しても、そんなこと誰も知る人はいない。
 
高校生になって、合唱コンクールの伴奏者を決める時、「ピアノをやってきた人挙手を」と聞かれて、最初手を挙げなかった。すると学年主任が言った。「今は嫌かもしれないが、後から、きっとやっていて良かったと思う時が来る。それはあなたの財産だから。自信を持って取り組みなさい」この言葉に後押しされて、手を挙げた。
 
高校1年の合唱コンクールの日、緊張する中、ピアノを弾いた。合唱は3番まで無事終わり、あとは伴奏の曲のみで終わるという時、弾くところを間違えたことにはっと気が付き手を止めた。ジャーン、和音が響き渡った。しまった、と思ったが、どう修正したら良いかわからず、指揮者とともに固まった。これ以上進むことが出来ず終了となった。恥ずかして泣いた。
 
以来、2年、3年の伴奏は間違えないように朝晩必死で練習した。曲はもう出来ていても、間違えた恐怖が蘇り、それに戦うために練習を繰り返した。叩き込んだだけに、その後はもう間違えることはなかった。
 
約30年経った今、手元には、茶色に変色して、ボロボロになった楽譜が残っている。
伴奏は孤独だ、と感じていたあの頃を思い出す。
あの時たくさん練習したから、楽譜を見れば今でもすぐに弾くことができる。
 
みんなはもう忘れていると思うけれど、私の頭の中には、当時のクラスのみんなの歌っている顔が浮かんでくる。耳を澄ますと、歌声が聞こえてくる。
特に男子。いがぐり頭の、学生服を着て腕を後ろに組んで歌う姿。声が変わり始めた頃、精いっぱい声を出していた。今だにあの時のまま蘇ってくる。
これが、ピアノをやっていて良かったと思える、最終的にたどり着いた所だ。
 
そもそも内向的で、人の中に入るのが好きじゃなかった。人の前で演奏するなんて性分ではなかった。でも伴奏をやらなければならなくなって、伴奏に孤独を感じ、間違えるのが怖くて必死で練習して、最後に残ったのは30年経っても褪せることのないみんなとの合唱の記憶だった。
 
いつかコロナが収まって、同窓会を開くことがあったら、みんなに話してみたいな、と思う。一生懸命歌うみんなの姿が、あの時のまま、今もまだ浮かんでくるんだよ。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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