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ショート小説『電球、パチンッ』


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:鳥井春菜(ライティング・ゼミNEO)
※この記事はフィクションです。
 
 
ーーーパチンッ
 
スイッチを入れても、部屋は真っ暗なままだった。
 
 
ーーそうだ、電球、切れてたんだった……
 
 
「はぁ……」
 
思わず息が漏れる。職場からコンビニ弁当をぶら下げて帰ってきた午後10時。
電球がつかない洗面所で、澄子は一人、悲しくなる。
 
 
ーー電球変えてくれるって言ったのに。
 
そう思わずにはいられない。
付き合って4年の恋人は1ヶ月前に泊まりにきた。そのとき、陽介は確実に「オレが変えてあげるよ。こんなの、すぐだよ」と言ったのだ。
それからもう1ヶ月。陽介からはまだ何の連絡もない。今度は、澄子だって自分から連絡するわけにはいかなかった。
 
ーーこの前も、その前も、ずっと私から誘ってるじゃない。
 
陽介は最近はじめた趣味に忙しいのだ。キャンプが今、巷でも流行りなのだと。
「キャンプ仲間」もできたようで、今度はどこそこに行って星を見なきゃ、とか、温泉の近くのキャンプ場がいいんんだ、とか予定を詰め込んでいた。
 
少し前に資格試験をを受けると話していたから、それが終わるまで、もちろん澄子は大人しくしていた。けれど、それが終われば、と思っていた。
それなのに、陽介のスケジュール帳は瞬く間に埋められてしまったようなのだ。
 
 
「別に、私も忙しいし……」
 
会社から持ち帰ったパソコンを開く。そうやって、忙しさに逃げ込むのは問題を先送りにしているだけ……心のどこか、すみの方では、そう気づいていないわけではなかった。
 
 
 
* * *
 
 
 
ーーーパチンッ
ーーーパチンッ パチンッ
 
 
気付かないうちにまた一週間が過ぎて、日曜の朝に寝ぼけまなこのまま起き上がり、とりあえず顔を洗おうと洗面所に立ったのだけど、何度スイッチを押しても電気がつかない。それで、まだ電球が切れていることを思い出す。ついでに陽介が電球を変えてくれないという事実も思い出してしまう。
 
澄子は、壁に寄りかかって、電球を見上げたままぼんやりと考える。
 
この黒いスイッチを押すと、一体どうなっているのだろう?
スイッチが入ると、どこかから電気が流れてきて、線を通って電球のすぐ根元まで辿り着いて……
そうして、すぐそこまできている電気が今まさに、切れた電球に堰き止められているのだろうか。
 
そもそも澄子の家のスイッチは、シーソーのように右か左が起き上がるだけで、印がついていないのでどっちがオンかオフかがわからない。
今しがた、習慣でスイッチを押したけれど、こっちがどっちの状態なのかも定かではないのだ。
そうすると、もしオンにして家を出てしまっていたら、電球のすぐ根元まで流れてきた電気はずっとそこで止められているのかーーー
 
 
そこまで考えて、澄子は急に気持ち悪くなった。
 
本当は明るく光るはずの電気が、ただただ垂れ流しになっているなんて。想像してみると、それはものすごく無駄で、活きるはずのものが活きてないなくて、すごく気持ち悪いと思ったのだ。
 
 
 
* * *
 
 
 
正直にいうと、澄子は本当に拍子抜けしてしまった。もう少し、面倒だと思っていたのだ。
確かにこれまで電球を変えたことがなくて、電球のサイズや光の種類など、全くわからなかった。だからこそ、陽介が「変えてくれる」と言ったときうれしかったのだ。
 
 
けれど今日、わからないからとりあえず、今の電球を外して家電量販店に持っていった。
 
「これと同じものをください」
 
たったそれだけ。その一言で、店員は魔法のように澄子の望む電球を持ってきてくれた。
全く同じものではないそうだが、電球はちゃんとハマるそうだし、電気の色合いも今と近いものらしい。
別にこだわりがあるわけでもなし、全くそれで構わない。
 
 
「……なんだ」
 
 
本当に簡単なことだった。話は単純で、澄子が電球のことをいろいろ理解する必要なんてなかったのだ。
 
 
こんなに簡単なことを、どうして今まで私はしなかったのだろう。
こんなに簡単なことを、どうして陽介は私にしてくれなかったのだろう。
 
途端に、同じぐらいの大きさで湧き上がるふたつの気持ち。
ここ1ヶ月以上、澄子の電気のない生活がいかに不便で惨めなものだったか。スイッチを入れるたびに、電球が切れていることを思い出し、陽介のことも思い出した。
 
そうやって、澄子が陽介のことを思う時間にも、陽介は別のことに夢中になっているのではないか。
そう思うと、本当にやるせなかった。悲しいし、悔しいし、ガッカリするし、苛立った。それでも、何も言えなかったのは、どうしても「面倒くさい女」になりたくなかったのだ。そんなのは、澄子の美学に反するし、その気持ちの裏で、やっぱり面倒くさいと思われるのが怖かった。
そうして、1ヶ月。時間だけが過ぎていったのだ。
 
 
 
* * *
 
 
くるくると、電球を回す。
普通にしていると天井には手が届かないので、外したときと同じように、収納BOXをベッドの下から引き出してきた。その上に乗って、少しだけかかとを浮かすとようやく手が届く。目一杯に腕を伸ばしているので少し息が詰まるけれど、絶対届かないわけではなかった。収納BOXから降りて、
 
 
ーーーパチンッ
 
 
久しぶりに、電気がついた。
瞬間、洗面所が明るくなって鏡が光る。不意に、澄子の顔がパッと映し出された。ノーブラで部屋着のTシャツをきて、ヘアバンドで前髪をあげた、少し汗をかいた姿。でも、目があった自分は、明るい洗面所にうれしそうに立っていた。
 
 
ーーこんなに簡単なこと、なんで今までやらなかったんだろう。
 
 
本当に簡単で、急にバカらしくなるほどに。
朝、化粧をするときだってすごくやりにくかった。夜中は暗い中でうっすら光る鏡が怖いし、帰ってきて手を洗うときだって電気がないと何だか気分も沈む。
 
だけど、電気がついたらどうだろう。スイッチをオンにするだけで、電流が線を通じて流れていって、電球がパッと光って、全てが見えるようになる。
 
ーーそうよ、これがスムーズな日常だった。
 
この1ヶ月の不便だったこと。
自分にはよくわからないとか、そういうことではなかったのだ。自分で解決できることだった。
 
それに、全然大変じゃなかった。あれこれ、思い悩んでいる時間の方が大変だった。
行動すれば、いいだけだった。
 
そう思うと、なんだか肩が急に軽くなったような気がした。
 
 
ーーきっと、そういうことって多いんだろうなぁ。
 
一仕事終えて、冷蔵庫からお気に入りのビールをとり出す。それから、最近ハマっている、コンビニの餃子をレンジで温めながら、こういうことで自分は十分幸せになれるのだとぼんやり思った。
 
 
ーーそうだ、明日は月曜日。
 
 
また一週間が始まる。日常が帰ってくる。けれど、と澄子は思う。
もしかすると、大丈夫かもしれない。澄子は、何かこの4年で積み上げてきた自分の大事なものが脅かされると思い込んでいたのかもしれない。
 
でも、多分、そうではないのだ。
 
 
ーー私の日常に、彼はいない。
 
 
口にしたビールは、苦いけれど、やっぱりおいしくて、心は十分潤った。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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