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宙を舞う幼馴染と、赤い香水


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:光山ミツロウ(ライティング・ゼミNEO)
 
 
「俺が来た時からあったんだけど……」
 
待ち合わせ場所に到着した私を見留めるなり、友人はそう言った。
 
久しぶりに会う彼の第一声は、挨拶ではなかった。
しばらく会ってなかったんだし、まずは挨拶でしょう。
そう思ったが、彼の勢いに押された。
 
私も、挨拶をするよりも前に、彼に事情を聞いていた。
 
「ん、なに? どうしたの?」と私。
「いや、そこにある袋」と彼。
 
彼が指さした先には、小さな赤い袋があった。
 
街で一番大きな百貨店の、玄関前にある大きな石作りのベンチ。
私と彼の待ち合わせ場所でもあったその重厚なベンチの上に、その赤い袋はポツンとあった。
 
休日の繁華街。
人が多く出入りする百貨店の玄関前には、たくさんの人が居るものの、誰もその赤い袋を気にも留めていなかった。彼一人を除いては。
 
「多分、置き忘れっぽいのよ。(百貨店を指さして)ここで買ったやつかなぁ」
 
彼は、袋に記載されたブランド名と同じ店名が百貨店内にないものか、百貨店のフロア案内を探そうと、辺りを見回していた。
 
彼とは、かれこれ30年以上の付き合いだった。
幼稚園、小学校、中学校が同じで、大学時代も学校は違えど、同じ街で過ごした。
幼馴染と言っても良いと思う。
 
就職して別々の街に住むようになり、彼は今、私が住んでいる街から飛行機で1時間半くらいの場所に住んでいる。
 
家庭を持っている彼とは、今は多い時で年に1、2度、少ない時で数年に1度の割合で、近況報告がてら酒を飲む仲だ。
 
今回も約1年振りの再会だった。
 
久しぶりに会うこともあり、また学生時代のバカ話でもして、したたか酔いたいな、と思って私は待ち合わせ場所に赴いた。
 
そしたら彼は、赤い袋とひとり向き合っていたのだった。
 
「これ多分、ブランド物の香水っぽい。ここで買ったやつだと思うんだ。まだ近くにいるかもしれないから、とりあえずお店に届けてあげたほうが良いよね」
 
何もそこまでしなくても、と私は思った。
 
持ち主の分からない物を安易に動かしたり、中身を確認したりすることに、私は抵抗があったからだ。
 
というのは大人の言い訳で、人目が気になっていたから、というのが正直なところであった。
 
周りにいるカップルや家族連れにも、赤い袋の存在に気づいている人は大勢いた。
 
が、皆それぞれ自分の人生に忙しいのか、見て見ぬふりをするか、見ないようなふりをして実は見てるか、そのどちらかだった(ような気がする)。
 
赤い袋のすぐ隣に座っていた若いカップルなどは、彼の声の大きさにまず驚き、そして一瞬の戸惑いの後、二人して苦笑していたほどであった。
 
もはやこの赤い袋は、何となく触れてはいけない存在、アンタッチャブルな存在になりつつあったのだ。
 
「とりあえず、サービスカウンターみたいな所に、届けておけばいいんじゃない?」と私。
 
しかし彼は違った。
あらゆる手段を使って状況を改善しようとしていた。
 
「ここに入ってる店で弟が店長してるから、ちょっと確認してみるわ」
 
そういえば以前、彼の弟がこの百貨店に入っているアパレルブランドで店長をしているということを聞いたことがあった。
 
彼はすぐさま弟に電話をかけた。
意外にも簡単に繋がり、彼は弟に事の顛末を話しはじめた。
 
弟からしたら、幼馴染と会っているはずの兄から、仕事中に電話がかかってきて、さぞ驚いたことであろう。
 
若いカップルを始め、周りにいた人たちも次第に彼の言動に気づきはじめ、気にしていない風を装いつつも、何となく気になっている様子であった。
 
しかし彼は、そんなことは一切お構いなしだった。
 
「どうしようか。忘れていった人、まだ近くにいると思うからさ、お店に届けたほうが良いよな? お前さ、このブランドの場所知ってる?」
 
弟と話しながらも、辺りを見回し、状況の改善を本気で考えている様子であった。
 
いったいこの熱量はどこから来るのだろうか、と私は思った。
 
彼と約1年振りに会ってからここまで、約5分間。
近況報告はもちろん、挨拶さえしていない。
 
彼はずっと赤い袋の、そして持ち主の心配をしていたように思う。
 
人目など一切気にしていなかった。
 
その姿に私は、不覚にも感動してしまった。
と同時に、なぜか居たたまれない気持ちにもなった。
 
何となく、泥臭さや一生懸命さよりも、便利でライトで簡単なコト、モノ、考え方が優先される世の中の風潮を前に、私だったらここまで出来るだろうか、と思ったからであった。
 
もし私ひとりだったら、サービスカウンターに届け出ることはおろか、高い確率で、周りの人たち同様に見て見ぬふりをしていたと思う。
 
そればかりか、もしかしたら若いカップルと同じように、この泥臭さ、一生懸命さを自分の中でどう取り扱えばよいのか測りかね、苦笑するしかなかったかもしれない。
 
何のてらいもなく、赤い袋と向き合っていたのは、彼だけだった。
 
見ず知らずの持ち主を心配する優しさ、自分の気持ちに正直に動く素直さは、おそらくこの場にいる誰もが、多少なりとも持ち合わせていたはずだ。
 
が、行動に移したのは彼だけだった。
 
彼のこの優しさ、素直さがそうさせているのか、思えば小さいころから彼の周りには、いつも人が集まっていた。
 
小学生の頃、友だち同士で集まってテレビゲームをするのはいつも彼の家だったし、中学生の頃、クラスや課外活動の中心にはいつも彼がいた。
 
酒を飲めるようになってからも、例えば明け方まで一緒に飲んで、ふと気づいたら彼が、外国人の陽気な集団になぜか高々と胴上げされたりしていた。
 
そのバカバカしくも無駄に感動的な彼が宙を舞うシーンは、私の脳裏に鮮明に焼き付いているし、いまだ笑い話として酒のつまみにもなっている。
 
今回の、赤い袋に一生懸命になっている彼の姿を見て、改めて、彼の周りにたくさんの人が集まる理由が分かったような気がした。
 
弟との電話を終えた彼は、お店がすぐには見つからなかったらしく、とりあえずサービスカウンターに預ける旨、私に伝え、そそくさと百貨店の中に向かって歩き出していた。
 
その後ろ姿と、その手に握られた赤い袋が、新たに私の脳裏に焼き付けられたのは言うまでもない。
 
どうか、あの小さな赤い袋が、持ち主の手に戻っていますように。
 
 
 
 
***
 
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