その声は、閃光のようだった
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:小川大輔(ライティング・ゼミ4月コース)
「……!」
言葉が出ないとはあの時のような気持ちをいうのだろうか。
僕は感動した。腹の底から震えるような感覚があった。
皆さんには好きなミュージシャンがいるだろうか。
僕の妹はあるグループのファンでライブがあるごとにチケットをとり、国内いたるところを飛び回っている。一緒に行く相手が見つからなければ母親さえ動員して。そこまで夢中になれる妹のような人を羨ましく思ってしまう。
僕には残念ながら特定の好きなミュージシャンはいない。
もちろん好きな歌はある。
「好きな歌はあるけど、ファンと呼べるような人物やグループはいない」というタイプの人間だ。自分でチケットをとってライブに行こうと思うことなど皆無である。
そんな僕が、連続して3度自分でチケットをとり、ライブ会場に足を運んだミュージシャンが1人だけいた。チケットの販売開始時間になると狂ったように電話をかけまくり、血眼になりながら修羅のような形相で確保していた。
なぜそんな自分の中では奇跡ともいえるような行動に出たのか。これにはちょっとした背景がある。
当時僕には、ものすごく好きだなあと思える歌があった。
その歌は今でも大好きで、僕の葬式で流してほしいくらいである。男女が2人で歌っている、優しいけど力強く美しいと思える歌。男性の方は超がつくほど有名だが女性の方は全然知らない。しかしとにかくいい。この歌は現在でも僕の中で最高傑作として君臨している。
僕は「最高傑作」を当然のことながら何度も何度も聞き、動画でも何度も見た。動画の中には先述した歌い手の男女2人が、この歌を複数のミュージシャンと共に合唱しているものもある。
ある時のこと。
その歌が発表されたのと同じくらいの時期に友達に誘われて大勢のミュージシャンが出演する野外ライブなるものに連れて行かれたのだが、「歌手って、歌が上手いんだなあ」という、アホみたいなとんでもなく当たり前のことに気付いてしまっていた僕。
歌を合唱している動画を見ていると「あれ?」と違和感を感じた。
「この女の人、おそろしく歌が上手い……」
そう、僕の中の「最高傑作」の歌い手、しかも名前もよく知らない女性は素人以下の僕が聴いても、周りで一緒に歌っているミュージシャンの誰よりも、抜群に歌が上手かった。
「歌が上手い歌手の中で、さらに圧倒的に上手いってすごくないか? じゃあ、映像ではなくて実際にその場で聞いてみたら一体どんな感じなんだろう?」
ミュージシャンは歌が上手い(という当たり前の)ことに気付く、自分の好きな歌を歌っている人物が上手い人達の中でもさらに圧倒的に上手い、じゃあ実際に生で聞いてみたい。
そんな流れでこの女性に興味を持った。ちょこちょこ調べてみると、突然現れた新星という訳ではなく、すでにある程度楽曲も発表している人で、レンタルのCDも置いてある。
超有名なわけではないが、その歌唱力については絶賛されていた。
興味を抱いたまま時間が流れ、ある時僕はたまたま入ったコンビニで見つけてしまった。その女性のベストアルバム発売にあわせたライブが行われる告知を。
体が勝手に動いた。
手には告知文の掲載された冊子。
その日、僕はスマホと時計を相手にらめっこをしていた。チケット発売当日、発売開始時間をじーっと待つ。
受付開始。即鬼電。血走る眼。つながらなくても怒涛の連続攻撃。
「取れた……」
こうして僕は生まれて初めて自分でライブのチケットを購入した。いままで生きてきて1回も買う気が起きなかったものをここまで必死になって。
当日。チケットを大事に持って会場へ向かう。
期待でワクワクする。あの歌声を生で聴くことができる。映像上でさえすごいと思った歌声を。
開演より少し早めに到着し、会場を少しウロウロしてみる。ファンの人でいっぱいだ。
「結構ファンの人いるんだな。まあ当たり前か。これだけの会場が満席になるんだから」
などと思いつつ、自分もグッズ売り場で記念になるものを買う。ちょっとうれしい。
ホールへの扉が開かれ、自分の席に座る。
さっきまでワクワクしていたのに今はなぜかソワソワする。これから目の前に起こる出来事を、心を落ち着かせるようにして待つ。数分後にはずっと肌で感じたかったモノがどんなモノなのか体感できる。「固唾をのむ」とはこういう感覚なのだろうか。
さあ、幕が上がっていく。目の前には画面越しに見ていたあの女性。
結論から言う。1曲目から感動してしまった。
「現実が想像を超えることは少ない」というのが僕の勝手な考えだ。なぜなら、想像は自由に膨らませることができるので、すればするほど過剰に期待値を上げてしまうから。
でも……。この人の歌声は僕の想像をはるかに超えてしまった。
全員を周回遅れにしての優勝、球場を飛び越えて隣の県まで飛んでいく場外ホームラン、そんな感じ。圧倒された。
「なんて巨大な才能だろう」
同時にそう思った。
それは、言葉に出来ないほど素晴らしかったけれど、無理やり表現するなら「まるで地に根をはる大きな木のように力強いけど、陽の光を反射する水のように美しく、止めることのできない風のように自由」な歌声だった。
初めて歌声で魂が震えるという経験をさせてもらった。ポンコツ下級戦士の僕がである。
その女性は当時、作詞や作曲はほとんどしていない。ほぼ歌声一本である。「食べていける歌声というのはここまですごいのか」とプロの実力を感じた。
気が付けばアンコールの最終曲となり、もっと聴いていたいという強い余韻を残して幕は下りた。
開演前に飲み込んだ固唾はこの閃光のように眩しく一瞬に感じた時間が終わるころ、体がよろめくほどの興奮に変わっていた。
感情の高ぶりのあまり、ホールの外にあったアンケートに柄にもなくメッセージを書いてしまった。さらに家に帰ってその人のホームページにまでメッセージを書き込んだ。感動という名の狂気が体から溢れていた。
その後2度同じ女性のライブに足を運んだ。まさか自分が同じ人のライブに3度も行くなんて想像もしていなかった。
フランス語で「乾杯」を意味する言葉からつけられた「S」という名前を名乗っているその女性は、今も現役で色んな活動をしているようだ。ミュージシャンのことをアーティストとよく表現するが、この人はアーティストと言う方がしっくりくる。
あの時の感動、震えるような感情の高ぶり、そして閃光のように眩しかった時間をくれたあの歌声。偶然の気付きの先に用意されていた経験を僕はきっと忘れない。
***
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