羊男を知っていますか?
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記事:GAKU(ライティング・ゼミ特講)
羊男を知っていますか。私の大好きな小説に出てくるキャラクターです。名前を聞くとファンタジー小説かと思うかもしれません。しかしリアリティを追求したある小説に羊男は出てきます。現実感を追求した虚構のなかに突如侵入してくるファンタジー。それが羊男です。
羊男は身体が羊毛に覆われています。それでいて二足歩行をします。頭にはツノが生えていという奇怪ぶり。羊と人間の要素を併せ持つ羊男は村上春樹のいくつかの小説に登場します。私の記憶が間違いなければ最初は「羊をめぐる冒険」という小説に出てきました。
私は中学生くらいの頃からハルキストでした。もう20年以上村上春樹の小説を読み続けています。ハルキストとは村上春樹のコアなファンということです。私の母もハルキストで、中学生のときに母の本棚から赤と緑のクリスマスカラーが特徴的な2冊のハードカバーの「ノルウェーの森」を手に取ったのが、はじめての村上春樹体験でした。
中学生なので過激な性描写に顔を真っ赤にしながらノルウェーの森を読んでいたところ、母がタイミングを見計らいながらこう声をかけてきました。
「あんたノルウェーの森どうやった?」
「ああ、これ? おもしろいね。こんな小説はじめて読んだよ」
「もしノルウェーの森気に入ったんやったら、他にもおすすめあるけど読んでみる? 羊男って出てくるんよ」
「羊男?」
「そう。三部作でけっこう長いけど、あんたやったら読めると思うから読んでみて。そこの本棚に入ってるから」
そう言われて、本棚を見てみると「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊を巡る冒険」の文庫本がありました。この3冊の小説をハルキストの間では初期三部作といいます。すぐに三部作最初の「風の歌を聴け」を読みました。主人公のあまりの格好良さに圧倒されました。主人公の社会との距離の置き方や物事を客観的に見る感じがあまりにクールなんです。
村上春樹の小説の主人公は次のような特徴があると思います。一つは巻き込まれ型だということです。次に独立心が旺盛。最後になぜか女にモテる。巻き込まれ型というのは、何かの事件に自分の意思とは関係なしに巻き込まれていくタイプだということです。最近のラノベやアニメの主人公の原型がここにあります。そして独立心が旺盛ということで、家事全般が上手にこなせます。料理はパスタから簡単な炒め物、サンドウィッチなどおしゃれなやつは簡単に作ります。またアイロンをかけるシーンなんて何度も出てきます。そして女性にモテるのです。バーで酒を一杯ひっかけていると女が寄ってくるし、家出少年の主人公は年上のお姉さんに溜まってるものを抜いてもらいます。私が一番うらやましかったのはなぜか双子の姉妹が家に居着いて、いつも三人で裸でベッドに入っているということでした。
中学生と高校生の頃、村上春樹の小説の主人公のようになりたいと、私は日々夢想していました。そしてカッコいい都会的な主人公も私にとって魅力でしたが、もっと気になるのは無意識の世界に入っていくという展開です。登場人物も無意識の世界に入っていきますが、読んでいる自分も自然と無意識の世界へダイブしてくようなところがあります。村上春樹の小説は人間の無意識領域にアクセスするパスポートなのです。
冒頭にあげた羊男もその例です。「羊をめぐる冒険」の主人公はある人物を追って北海道までいきます。そこでイルカホテルというホテルに偶然のように導かれるのですが、宿泊している間に羊男と出会うのです。羊男は普段はたどり着くことのできない部屋にいて、主人公をもう現実世界で会えなくなった大切な人と結びつけます。
同じように「ハードボイルドワンダーランド」という小説は、ハードボイルドな現実と夢のようなファンタジーの世界が並行して進んでいきます。「ねじまき鳥クロニクル」では井戸を媒介にして、時間や場所を超越した世界へとつながります。「海辺のカフカ」でも森を歩いている最中に第二次世界大戦前後のアジア各地と日本兵につながっていきます。
そのように今、ここではない異次元の世界へ入っていく感じが、私には無意識の世界に入っていくように感じられるのです。それがいい意味でトリップ(なにかしらの葉っぱ)なんかを使ったときに似ているのではないかと思います。
それが羊男の正体なのです。羊男は読者を無意識の世界に誘う案内人です。現実とフィクションが入り混じった異物があの世とこの世を繋ぐ。あたなも羊男に会ってみたくありませんか。合法的に夢の世界へトリップしてみませんか。村上春樹の小説にはそんなマジックがあります。ハマると癖になって現実と折り合いをつけるのが難しくなります。でも違法じゃありませんから誰からも責められません。あなたも一緒にハルキワールドにどっぷり浸かりましょう。
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