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顔を上げて歩み出すための、ビタミンカラーの靴。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:横井マリ(ライティング・ゼミ特講)
 
 
「歩けなくなっちゃったから、今日は休ませてください」
デイサービスの朝。お迎えの準備を進めていると、時々、電話が鳴る。木曜日のこの時間帯となれば、電話の相手はY様で、内容も察しはついていた。
 
Y様は、季節の変わり目に休みたい訴えが増えてくる。朝は調子よく起き、食事もしっかり食べられる。本人も行く気満々で準備を始める。が、次第に足が重くなり、体が硬くなり、椅子から立ち上がれなくなってしまうらしい。
「そうなんですね。近くにお嫁さんはいますか? 電話は変わってもらえそうですか?」
「それがね、なんか忙しそうにして、サーッといなくなっちゃったのよ」
 
これは「連れ出しに来て下さい」の合図。言わば、お嫁さんからのSOSである。
 
うちのデイサービスでは、ご家族からの連絡でない限り、お休みは認めない。分かっている。誰だって乗り気になれない日はある。しかし、それを鵜呑みにはできないのだ。ご利用者様の大半が認知症で、言っていることが事実と異なることがあるからだ。
例えば、一人暮らしのご利用者様の場合、ご本人の「やれてます」発言はファンタジーで、栄養バランスの取れた食事はデイサービスの昼食だけ。入浴もデイサービスで入るだけというのが実情だったりする。ご家族と暮らしている方の場合、デイサービス利用中だけが、ご家族が介護から解放される時間だ。その有無は、自宅介護の余力に大きく関わる。死守して差し上げなければならない。
 
電話でのご本人からの訴えはありがたく傾聴し、
「分かりました。とりあえず、様子だけ見に行きますね」
と電話を切り、連れ出しにいく。本日の交渉人は、この私だ。
私は玄関に置いた、自分の靴に足を入れる。
 
この靴の色、例えるならば、登山家が雪山で遭難しても難なく見つけ出せそうなビタミンカラー。とにかく目立つのである。服に合わせにくい色の靴を、あえて仕事で履くようになったのは、実は、このY様がきっかけだった。その日もいつものごとく、来所を拒んでいた。
 
「お腹がずんと思い感じがして、便が出そうなのよ」
「でも、起きてから2時間経っても出ないんですよね?」
「そうなんだけど」
「車に揺られていると体幹を保とうと腹筋を使うので、出やすくなりますよ」
「そうなの?」
「(ええ、多分)家でジーっと便を気にして過ごすより、みんなと喋った方が気が紛れませんか?」
Y様は、私のもっともらしい文句に曖昧な返事を繰り返し、引きずられるようにして出てきてくれた。私としては、連れ出せればそれで良かった。はーい、任務完了!
 
無事、デイサービスに着き、Y様が車から降りた瞬間、ハッと顔を上げ、私を振り返った。
「やっぱり、そうだと思った!」
「へ?」
「靴見て、横井さんって分かったよ」
「え? 今、ですか?」
「うん。この前から元気が出る色の靴履いてるなぁって見てたから」
 
自宅での説得から既に30分は経過している。その間、散々喋っていたのは私なのに。
Y様の心が閉じていたことを痛感した。ただ連れ出せればいいとおごっていた自分を反省もした。そして、うつむいていたY様の顔が上がったこと、目が合うこと、笑顔が見られることを尊いと思った。
 
顔を上げてあげられる人にならないと……。
 
その時履いていたのが、このビタミンカラーの靴だった。いつもの靴が雨で濡れてしまい、しかたなく出番を迎えることになったビタミンカラーの靴。
以来、このビタミンカラーの靴が仕事用の相棒となった。そして、ある時、私はビタミンカラーの靴のもう一つのパワーに気付いたのである。
 
例えば、出かけるのがたまらなく嫌で、およそ皆さんに元気オーラを放出することができそうにない時……。
我が家の玄関は建物の北に位置し、窓もないため電気をつけないと真っ暗だ。それでも、このビタミンカラーの靴は、小さな光でも吸収したかのように、キラリンとして待っている。
スポーツジム用に買ったせいもあるのか、ちょっと暑苦しいテンションのインストラクターのような存在感で誘ってくるのだ。しょうがないなぁ、履いてやろうか。
踵を入れようとつま先でツンツン床を蹴っていると、靴底のクッションのフワフワした感じが足の裏に伝わってきて、なぜだか歩き出したい気持ちになる。
私にとって、この靴は「顔を上げる」ためのもの。元気に一歩を踏み出すための、魔法のアイテムなのである。
 
私が見る限りだが、多くの高齢者の方は下ばかり向いている。足元がおぼつかなくて転ばないよう下を向いて歩いているのは致し方ない。しかし、気持ちが沈んでいる時、人は下を向いてしまうものだ。顔を上げない生活もまた、心を閉ざしていくものなのだろう。
だから今日も私は、ビタミンカラーの靴を履く。そして、足元に落ちた目線をキャッチする。靴の主を見ようと顔が上がってきたら、その目を覗き込んでいく。笑顔を引っ張り出すために。
 
 
 
 
***
 
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