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隕石にあたったというお話 ―福沢諭吉VS宮沢賢治―


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:平井 理心(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「隕石にあたった」って、すごくないですか?
 
あれは、いつも通りの朝だった。いつも通りの通勤路を、いつも通り運転していた。助手席には大学生の娘がいて、何度もあくびをしていた。これもいつも通りのことであった。強いて違うことはと言えば、その日は自宅を出る時刻が若干早かったということだけだった。
 
ゴンッ、バキッ、ミシミシ ミシミシ……
何かがおこった。
目の前に丸っこい何かが飛んできた。それがワイパーの根元にあたった。飛び跳ねた。次の瞬間、リアガラスの方で大きな音。続いてミシミシと不気味な音。ルームミラーを覗くと、リアガラスの左端に大きなヒビが放射線状にあった。そこからリアガラス全体に、まるで蛇が這うように、ヒビが広がっていく最中だった。
 
私が真っ先に思ったことは、「修理代で福沢諭吉先生が何枚飛んでいくんだろう?」「明日から車なし?」であった。そんな混乱を助長するかのように、リアガラスは、ミシミシ、ミミシと言っていた。
 
「それにしても、何があったんだろうね」
という、私の問いに対して、娘が素敵な回答をくれた。
「隕石だよ。隕石にあたったんだよ。そうしておこう」
隕石。広大なコスモ(宇宙)から落ちてきた隕石が、ピンポイントでこの私の車に当たるなんて、幾分の確率なのだろうか。考えただけでゾクゾクした。
 
10分程走行し、ようやく駐車場に停めることができた。不気味な音は止んでいた。私と娘は車を降り、リアガラスを見た。何かが当たった跡があった。そこから伸びたヒビの曲線。それは、自由気ままに伸びていき、他の曲線とぶつかり、ある形状を描いていた。―――セル(細胞)を想像した。リアガラスに満面なく描かれたセルは、不揃いだったが、その形ひとつひとつに意味があるようで……魅せられた。
 
とりあえず、保険会社に連絡した。「隕石のようなものにあたって」と言っても、すかさず「あぁ、飛び石ですね」と返された。そして「走行中のリアガラスに当たるって珍しいですね。どうやって当たったのでしょうか?」と、原因究明の質問が矢継ぎ早になされた。ふいに、ある教授とのやりとりを思い出した。
 
私は、病院に勤める臨床心理士だ。病院では、入院患者さんが急変し、お亡くなりになられることがある。そこで、医師たちは死因を究明するために、その患者さんのご家族にご遺体を解剖し、検査することなどを勧める。でも、断わるご家族は少なくない。「これ以上、痛い思いをさせたくない」「原因がわかっても、連れて帰るしかないんだから」そのご家族の想いに私は共感する。一方で、医師である教授は違う意見を展開した。
 
「日本人の特徴というか、原因がわからなくてもいいんだよ。知るのが怖いんだよね。日本人は弱いというか」と、教授が雄弁に語り出した。それを私が遮った。
「そうは思いません。原因がわからないままそれを持ち続けられるのは、強さだと思います」
教授は表情を変えず続けた。
「結局は、自分のことだけを考えているんだよ。死因究明で他の人に役立つかもしれないのに」
「人のことというより、全体を考えているんですよ。自然というか、大きな流れのなかの一部であることが分かっているんですよ」私も淡々と返した。
「今のままで良いっていう考えだろ? 進歩とか考えていない」教授が微かに苛立ちを匂わせた。それに対し、私はゆっくりと答えた。
「日本人ほど“無常”を知っている人はいませんよ」
 
お互い専門職で視点が異なるので、意見の相違は多々ある。もちろん、どちらが正しいということではない。原因究明して白黒つけることもとても大事だ。だがしかし、「水に流す」という言葉があるように、自然というかコスモみたいな大きなものに委ねる、こうすることも時には必要だと思うのだ。
 
リアガラスが割れた。飛び石はどこからきた? 誰が飛ばした? それがもしわかっても、責任を追及できるの? 修理代を払ってくれるの? 修理代として飛んで行ってしまう私の諭吉先生(おそらく5枚以上)や、しばらく乗れない愛車プリウスを想うと、かなりの痛手だ。私にはその痛手を“凌駕する何か”が必要なのであった。
 
私は駐車場で、ヒビ割れたリアガラスを眺めていた時、コスモとセルの間(はざま)を行き来していた。私たちの上空にひろがる果てしない空間と私たちの内にあるその細部を。その時の感情はある種のぬくもりとノスタルジーを持っていた。あっ、そうだ! 子どもの時に宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を読んだ時の気持ち。カンパネルラとジョバンニと共にする銀河の旅。ワクワクやドキドキもあり、悲哀や畏怖もあった、あの時の感情。懐かしい……子どもの頃にしか味わえないと思っていたのに、今、味わえたこの喜び。この感情が私の欲した“凌駕する何か”だった。
この感情湧出の発端は「隕石だよ。隕石にあたったんだよ」の娘の一言であった。
 
隕石にあたるってすごいことですよね!
賢治が諭吉先生を凌いだの!
 
と、はしゃいでいる最中、届いた郵便。自動車税納税通知書。その金額は諭吉先生4枚分。
……。
現実は厳しい哉。はぁ~、ひとまず、賢治、読もう。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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