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3,000万分の1の男が語る捕鯨2.0時代 【捕鯨船 鯨探士 津田 憲二氏】


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

取材:笠原 康夫(編集&取材ライティング講座)
 
 
―――戦後、クジラ資源の保護を目的に国際捕鯨委員会(IWC)が発足し、日本も加盟した。IWC加盟国の間でしだいに反捕鯨の声が高まり、1987年以降、日本は商業捕鯨を停止した。その後、日本は30年以上にわたり地道に調査捕鯨を続けてきた。その間、捕鯨国と反捕鯨国の意見は対立したまま一進一退、解決の糸口は見いだせなかった。
時が流れ2019年、日本はIWCを脱退し、ようやく商業捕鯨を再開した。
再開4年目を迎えた捕鯨船の現場はどうなっているのか? 世界唯一の母船式捕鯨船の鯨探士(げいたんし)津田憲二氏の仕事ぶりをはじめ、捕鯨の未来展望について聞いてみた。
 
 

世界でも希少な職業 鯨探士


「頼るべきは己の目なんです……」
鯨探士はどうやって鯨を探すのか? の問いに思わぬ返答が返ってきた。
一般的に漁船で魚を探す際はソナーを利用する。ソナーから海中に向けて超音波を発し、魚群に反射し、戻ってくる信号で獲物の居場所を感知する。一方、単独で泳ぐ大きなクジラは一般的なソナーでは感知できない。そこで鯨探機を使う。鯨探機は超音波を発し、反射した超音波を人間の耳で聴きとれる音に変換して判別し、クジラの居場所を見つける。
クジラは敏感な動物だ。鯨探機の発するその微細な音波に反応する。反応したクジラを追いかけるように捕獲しようとすれば、クジラと捕鯨船の消耗戦になる。
 
「理想は鯨探機を使わずに捕ることです」
クジラに気づかれぬよう船を近づけ、砲手が銛を撃ち、一発で仕留めるのが理想的とされる。あくまで鯨探機は補助手段というわけだ。
目視でクジラが見つかると鯨探士の出番がくる。鯨探士はヘッドフォンをしながら鯨探機の画面に目を凝らす。画面だけでは見落としもあるため、画面と海上を交互に目を配る。
人間の眼と鯨探機をバランスよく駆使しながらいかに効率よく捕獲するかがカギとなる。
 
一般的な船の乗組員の職務は大きく分けると甲板部、機関部、無線部、司厨部……
捕鯨船にはクジラに銛を放つ砲手(甲板部)、鯨探士(無線部)が加わる。
大型のクジラを捕獲するために母船式といわれる船団方式がとられている。母船とキャッチャーボートが連帯して操業する。母船の役割は捕獲したクジラの処理加工や保蔵、航海に必要な物資、燃料の運搬。キャッチャーボートはその名のとおりクジラを捕獲するための船。キャッチャーボートがクジラを捕獲し、母船に渡し、母船の上でクジラをさばく。
世界では、津田氏が勤務する船舶会社が唯一母船方式で操業している。
 
その船団の乗組員は総勢150人。その中でもキャッチャーボートに乗り込む鯨探士はわずか4名。そのひとりが乗組員歴23年の津田憲二氏(42歳)である。日本国民1億2,000万人のうちの4名という3,000万分の1の希少な存在だ。
 
 
陽がでている間は乗組員全員が海上に目を向け、ひたすら肉眼でクジラを探す。
「気象条件がよければ約18k先まで見えます」
哺乳類のクジラは一定の時間ごとに海上に浮上し、呼吸をする。この際にいわゆる潮吹きをする。その潮を肉眼で見つける。18k先のクジラを見つけるとは驚くべき集中力だ。
 
船上においては、なによりもクジラを捕ることが最優先とされる。
乗組員の朝は早い。夜明けとともに起床し、直ぐに朝食を摂る。食後まもなくクジラを探し始める。
クジラが見つかると船を接近させ、クジラの種類を確認する。クジラの大きさを見定め捕獲の判断をする。捕獲可能な種類のクジラの中でなるべく大きなクジラを狙う。
砲手は銛を砲台から撃ち、クジラを仕留める。発射のタイミングは砲手の裁量に委ねられる。捕獲できたら母船に渡す。
以上がクジラの捕獲の工程。この工程を1日2頭から3頭分繰り返す。
休憩中であろうが、食事中であろうが、クジラが見つかったら、とにかく捕る事に専念する。交代で食事を摂るが、一口食べたところでもクジラを発見したら捕獲行動に移る。
 
捕鯨とは、自然の大海原で生きるクジラと向かう合うこと。それなりに苦労は絶えない。
クジラが魚などに比べると賢い動物であること。天候に大いに左右されること。シケ、視界不良など海況の悪い時はクジラを見つけることにひと苦労する。
 
 

捕ると撮るの二刀流


「気づいたら一番大きな獲物を釣っていました」
幼少時代から釣り好きだった津田氏は漁船の乗組員に憧れを抱いていた。いつしか、その中でもクジラという海で一番大きな生き物を捕る事に興味が湧くようになった。
「生き物を捕ることを生業とすることはキレイごとでは語れない部分もあります。でも、やはり食糧となるものを捕ることはすなわち生きることに直結しています。だから鯨が捕れた時の喜びは大きいです。」
 
捕鯨船乗組員としての矜持も垣間見られる。
「世界でも鯨を捕る技術を持った人間はごく一握りです。その中でも高い技術を維持し、更に成長させている事には誇りを持っています」
 
津田氏は鯨探士と別にもうひとつの顔を持つ。
写真家としてもプロ並みの腕前を持つ。津田氏は航海中、仕事の合間をぬって写真撮影に励む。かつて調査捕鯨時代に南極海の雄大な景色を周囲に見せたいという単純な思いから撮り始めた。
その魅力に取りつかれて、気付けば20年以上にわたり撮影を続けてきた。南極のペンギンや満月の写真、寝る時間を惜しんで粘り腰で撮ったオーロラの写真……
こうした至極の写真を世に触れようと不定期ながら、写真個展も開催している。
 
 

捕鯨の要はチームワーク


「息が合わないとクジラは捕れないんです」
捕鯨船の上は船長を柱とする昔ながらのタテ社会が根付いている。
また、捕鯨においては個人技よりもチームワークが重んじられる。
実際にチームの雰囲気が捕獲の良し悪しに影響を及ぼすという。乗組員全員が一丸となり、1頭のクジラに立ち向かう。全員の意識がひとつになってこそ、良い仕事につながるのだろう。
乗組員同士は数十日にわたって一つ屋根の下の捕鯨船で過ごす戦友ともいうべき存在だ。家族以上の信頼関係が築かれている。
 
津田氏の勤務先である船舶会社の起源は、商業捕鯨の一時停止され、調査捕鯨に移行する際に設立された。その際、大手水産会社の捕鯨部門を統合した経緯がある。
同じ業界でも会社が違えば社風が違う。現代において企業合併は珍しくないが、会社は一体になっても双方の社員の意識を統一することは容易ではないと言われる。
設立当時は互いに意見のぶつかり合いはあったことは想像に難くない。
異なる文化の会社から集まった社員同士が、お互いに相手を受け入れながら、ただひたすらクジラを捕るというひとつの目的に向かって取り組んできた。
まさに呉越同舟の時期を乗り越えてきたことが現在の社風に繋がっている。
 
 

時代に先んじてSDG’sを実践してきた


「捕鯨は全盛期に比べて大きく衰退していますが、現在のクジラの生息数と計画的な捕獲数のバランスを取れば海の生態系に影響がない範囲で持続することは十分可能です」
また、世間より10年以上も早くから時代を先取りしてSDG‘Sを実践してきたという。
「ここ数年、世間ではSDG’sが提唱されていますが、我々は10年以上前から海のSDG’Sに取り組んできました」
SDG’sの目標に掲げられている「海の豊かさを守ろう」はまさに調査捕鯨時代から海洋資源の持続的利用のために研究していたそのもの。現在行っている商業捕鯨もその研究で得られた科学的根拠を持って行なわれている。
「わが社では、10年以上前から捕鯨が食料難を救うと唱えていました。『飢餓をゼロにする』目標では、現在世界共通の問題である食料不足問題について捕鯨を行える日本は一つのアドバンテージを持っていると思います」
ようやく時代が追い付いてきたのだ。いまこそ、捕鯨を見直す時期がやってきたのかもしれない。
 
津田氏はSDG’sの観点について3つのポイントを説く。
1つ目は、もはや「クジラは捕ってもいいのではなくむしろ捕らねばならない」ということ。
人間が1年間で消費する魚類9,000万トン、一方クジラが食する魚類は28,000~56,000トンと最大6倍とも言われる。海の食物連鎖の最上位であるクジラは他の魚のエサまで食べてしまう。そのまま放っておくと人間の食する貴重な海の資源である魚類が確保できなくなってしまう。
 
2つ目は、捕鯨はCO2排出量が少ないこと。
畜産は家畜の生育の過程においてエネルギーが必要となる。また穀物などの飼料の栽培にも多くのエネルギーを要しCO2を排出する、一方のクジラは自力で海の中で育つ。育成のエネルギーも不要、飼料も不要である。強いて言うなら捕鯨船の運航にかかる排出だけだ。
 
3つ目は、捕鯨は自国内の自給自足率にも寄与すること。
自国の海域で捕ったクジラを自国内で消費することは言うまでもなく地産地消となる。
昨今、代替肉をはじめ、たんぱく質の確保に向けた開発が進むが、優良な上質なたんぱく源が日本の海域内に眠っているのだ。
 
捕鯨の技術、クジラ肉の食文化がまだ残っている我が国だからこそ、自然界の恵みを活用すべきではないだろうか。いや、もともと日本に根付いていた食文化を再び活性化する時なのではないか。
 
 

クジラ肉の魅力は何と言っても100%天然モノ


現在のクジラ肉の食文化は風前の灯火状態である。原点に立ち返ってクジラ肉のおいしい食べ方を啓蒙していく必要もあるだろう。
 
「クジラ肉の魅力は何と言っても100%天然モノということです。一番おいしい食べ方はやはり鮮度の良い生肉の刺身です」
商業捕鯨後は日本近海を操業するようになったため、1回の航海日数は調査捕鯨時代に比べると短くなった。よってこまめに新鮮なクジラ肉を陸揚げできるようになった。
「わが社では商業捕鯨再開後、鮮度の良い生肉を市場に届けられるよう、直前に捕獲した鯨を陸揚げするよう捕鯨計画を立てています」
見えないところで企業努力に余念がない。
 
また機能性表示食品として付加価値をつけてクジラ肉のPRにも精力的だ。赤身肉はバレニンという成分が含まれ、身体疲労感の軽減、記憶力の維持があるとされる。
 
将来的にはこの地道な活動が実り、クジラ肉の多様なレシピ開発が生まれてくることにも期待したい。
クジラ料理とお酒との相性を指南する「くじらソムリエ」が誕生する日もそう遠くはないかもしれない……
 
 

捕鯨2.0時代に向けて


ノスタルジックに古き良き捕鯨文化にすがるだけでなく、新しい捕鯨時代に向けて、改革を進める動きもみられる。
勤務先の船舶会社は、商業捕鯨に適した大型の捕鯨に対応すべく、新たな電気推進方式の母船を建造の計画中だ。高性能な冷凍コンテナを積み、乗組員のプライバシーにも配慮し個室化も図られる。
クジラ肉の新しいPR活動と併せてこれらの活動を捕鯨2.0時代と名付けてみたい。
 
捕鯨2.0時代を迎え、世の中への発信力も求められてくるだろう。
ビジュアルで世に訴えるためにも写真家としての津田氏も腕の見せどころになるだろう。
「商業捕鯨に関する情報を正しく世に伝えていくために捕鯨に関する写真も有効な手段になると思っています。鯨探士のかたわら写真家としても腕を振るう機会が増えてくるかもしれませんね(笑)」
 
「捕鯨の未来はある。海にはクジラが沢山いるから。あと日本が捕鯨を諦めなかった事により、鯨食文化がしっかりと残っているから」
津田氏の言葉には、ひとつひとつに重みを感じられる。苦労に耐えてきた貫禄がにじみ出ている。
調査捕鯨時代の反捕鯨国による圧力に耐えてきた経験が、相手の相容れない主張にもしっかり耳を傾ける真摯な心構えを養ったのだろう。
 
津田氏は、鯨探士という希少な存在としての可能性と向き合いつつ、捕鯨の明るい未来像を探り続けているようだった。
 
 
 
 
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2022-06-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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