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ショート小説『バンパイア・ライフ』


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:鳥井春菜(ライティング・ゼミNEO)
※この記事はフィクションです。
 
 
「なんで、電気つけるの?」
 
ダイニングテーブルでパソコンを打っていた彼が、目を細めて振り返る。
 
「目が悪くなると思って」
 
ごめんね、とすぐに電球を「常夜灯」に戻した。同棲を始めて一年がたっても、私たちは思っていたよりもまだ他人だ。彼は、暗い部屋の方が落ち着くのだそうだ。
 
あぁ、この状況をどうすればいいんだろう。
どうにかすることが、できるのか……
 
 
 
* * *
 
 
 
そもそも、無謀だったのかもしれない。
東京配属が決まったとき、真っ先に彼に相談した。
 
「僕もちょうど、フリーになろうと思ってたんだ」
 
エンジニアの彼は、おかげで踏ん切りがついたよ、と笑っていた。
 
けれど、最初こそ幸せだった都会での同棲生活は、すぐに流れる時間の速度が変わって、仕事のシビアさを突きつけられることが増えた。
仕事に忙殺される私と、評価や人脈のために無理な依頼も請け負っていた彼。気づけば「二人の生活」へ目を向ける余裕なんて、どこにもなくなっていた。
 
 
 
最初に「あれ?」と思ったのは三ヶ月たった頃だ。ふと見ると彼の顔色がおかしなことになっていた。
うっすらクマができて、夜型生活で日光を浴びていないせいか、肌は病人のように青白い。
 
「ねぇ、夜中の仕事、減らした方がいいんじゃない?」
 
コーヒーカップを置いて、ソファの隣に座る。
 
「そうだよなぁ。わかっちゃいるんだけど」
 
にこっと笑うと、いつものように目尻に笑じわがにじんだ。
 
「夜中って、すごく時間があるように感じちゃうんだよな。みんなが休んでるからかな? まだ時間はいくらでもあって、どんどん頑張れそうな気がするっていうか」
 
本当はよくないよなぁ、と頭をかく彼を、思わずぎゅっと抱きしめていた。
二人ともいい歳だ。彼が結婚を見据えて頑張っているのはなんとなく感じていた。
残業ばかりなのは私も同じ。今は、二人の踏ん張りどきなのかもしれない。
 
「ほどほどにしてね……」
 
そっと腕に力を込めると、うん、と答えて、私の首筋にキスをした。
 
 
 
* * *
 
 
 
あのときにもっと強く止めておけば。
その後、彼の夜型生活にはますます拍車がかかり、すっかり昼夜逆転に。会話ができるのは、私が残業から帰ってベッドへ入るまでの時間だけ。けれど、彼は日増しに言葉数が少なくなり、目元が険しくなって……
 
 
今日も「ただいま」と開けたドアに彼からの返事はない。
暗い部屋の中、パソコンに向かう背中がタイピング音に合わせて揺れている。目が悪くなるだろうと電気をつけると「なんで、つけるの?」と、久しぶりに目が合った。
 
そのとき、思わず、息をのんだ。
彼の顔だ。クマは一層濃くなり、白目の血管が浮き上がって、血走っている。やさしい笑いじわはどこかに消えてしまって、その代わりに目の下にいくつもの細いしわが刻まれている。
ギョロリと振り返った目に、瞬時に、「怖い」と思った。
 
 
このままではダメだ。もはや彼の昼夜逆転生活は、自分の意思では戻せないところにきている。
「不眠症」「夜 眠れない」「夜型生活」スマホであらゆるワードで検索し、不意にある記事に目を留めた。
 
【都市伝説】昼夜逆転!バンパイア・ライフの末路
 
タップしたのは、単純に好奇心からだ。けれど、記事を読み始めてから、不思議に自分の鼓動が早まるのを感じた。
 
 
『昼夜逆転した生活のことを「the vampire life(バンパイア・ライフ)」という。これは、人間の血液を吸う怪物「バンパイア」が、昼間は棺桶の中に潜んでおり夜に活動することに由来する。
 
バンパイアの由来には諸説あるが、とある説では、昼夜逆転の生活を続けることによる人間のバンパイア化が囁かれている。日光を浴びない生活を一定期間続けることで、日の光からしか生成されないビタミンDを中心に血液中の成分が変化し、嗜好が変わり生肉・生き血などの栄養価の高いものを本能的に好むようになる。また、歯が犬歯状に削れるなどの影響もあるとされる』
 
 
昼夜逆転生活で、人間がバンパイア化する? そんなバカな。
 
そう思うのに、確かに鼓動が強くなっていく。
いやいや、私も相当、疲れているらしい……
 
けれど、あの目。私をギョロリと振り返ったあの目……
一体私たちはこれからどうなってしまうだろう。
 
 
 
 
そんな記事を読んだせいか、真夜中、うなされるように目が覚めた。
夢と現実の間を漂っていると、首筋に冷たいものが。なんだろう、少し硬い……
 
「……痛ッ!」
 
鈍い痛みに、思わず飛び起きる。パッと顔を挙げると、らんらんと目を光らせる彼の顔が目の前に。
 
ーーえ、なに? 噛まれた?
 
なぜ? 首筋に触れてみると、歯型のように楕円のあとが。それを指でなぞって、ゾッとした。
 
『とある説では、昼夜逆転の生活を続けることによる人間のバンパイア化が囁かれている。』
 
嘘だ。そんなのは都市伝説の作り話だ。
けれど、触れた肌は確実にへこんでいて、目の前には彼がたたずんでいる。
 
痛い。噛まれたところが、ジンジンする。どうして。
あんなに優しかった彼なのに。私を傷つけることなんて、絶対にしないはずなのに……
 
瞬間、彼が私に痛い思いをさせたという事実が、ドッと悲しみなって、胸に湧き上がってきた。
日々の別人のように変わってしまった態度も一気に脳内にフラッシュバックする。
 
「もう、いや!!」
 
パジャマのまま部屋を飛び出し、走って走って、引っ掴んできたカバンからは何かが落ちたかもしれない。けれどそんなのはどうだってよかった。
 
 
 
* * *
 
 
 
都会でも、住宅街の夜中の公園は静かだった。
明け方、カラスの声が聞こえて、遠くで車やバイクの音が聞こえはじめた頃、ようやく彼がその公園に姿を現した。長くなった髪を後ろに一つで束ねて、額いっぱいに汗をかいていた。
 
「どうして、噛んだりしたの……?」
 
「ごめん、よく覚えてないんだ。すごくいい香りで……」
 
そこまで言って、私と目が合うと、また「ごめん」と下を向く。
 
「ん。これ持って」
 
考えあぐねた結果、24時間スーパーで買ってきたものを突きつける。
 
「なにこれ?」
 
「食材だよ。今夜は早めに帰るから、一緒に水餃子食べよう。好きでしょ?」
 
私たちは、もう一度、「二人暮らし」をし直さなければならない。
それぞれの人生をもっと寄り添わせなければ、同じ家に住んでいたって意味はないのだ。
 
「……ありがとう」
 
彼の目に、涙が滲んで、雲の隙間からさす太陽に光ったような気がした。
 
「一緒に作るんだからね!」
 
その腕を掴んで、歩き出す。
もっと早くに、掴んであげないといけなかったのだ。
 
今夜の食卓では、彼の目を見て、笑えるだろうか。
久しぶりに私が大好きな笑いじわを見れるだろうか。
 
まだ不安はあるけれど、絡ませた腕には、じっとりと汗が滲んでいた。
きっとほうぼうを探し回ってくれたのだろう。その匂いさえ、今は彼が私と同じ世界を生きてくれている証のような気がして、ホッとする。
 
 
これからは、バンパイア・ライフとはおさらばだ。
食卓で話ができるように、一緒に今日を生きていこう。
 
 
でも、まだ少し不安だから……
今晩の餃子のニンニクは、ちょっとだけ多めで。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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